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2007年9月23日 (日)

講演会「神戸の銅鐸のなぞをさぐる」

Kobemaibun先週の土曜日9/15、神戸市埋蔵文化財センターで開催された「神戸の銅鐸のなぞをさぐる」と題する講演会を聴いてきた。 ※「神戸を知る考古学」と題する考古学講座で5回シリーズ(毎月1回)

講師は、神戸市教育委員会 文化課の松林宏典氏。「謎を探る」と銘打っているが内容は「銅鐸の基礎知識講座」で、この講座を聴けば「あなたも銅鐸のナゾを探れる」かもね…といった感じ。正直、本で読んだような話が多かった。

講演の概要:
1.はじめに
・最近のAMS年代研究で、弥生時代のはじまりが遡ってきているが
・銅鐸の具体的年代については、今回は触れない
・銅鐸は土器が共伴しない。銅鐸の形から編年しても直接年代はわからない

2.銅鐸のなぞをさぐるための基礎知識
・小林行雄の「銅鐸年代論」『考古学』12-1(S16年)
・銅鐸の出土数は300(1941年)→550以上(2007年)に増えたが
・小林行雄の指摘した謎はほとんど未解明のまま
・銅鐸の用途…描かれた絵から農耕祭祀と関わると言われているが
・銅鐸がなくなって~奈良時代初め-600年足らずで用途は不明となっていた
・銅鐸の各部位の名称説明
・銅鐸の分類・編年に関しては、ほとんど説明なし
※確かにわかりにくく、説明しづらい部分かもしれないが、ここを説明しないでどうするんだ!という気がする。銅鐸の文様・形態研究こそ、銅鐸研究の神髄といえるのではないのだろうか?

・内面突帯の説明…いわゆる見る銅鐸と聞く銅鐸
・祖型…半島では、朝鮮式小銅鐸50個近く出土
・鋳造に関して
・青銅の合金(銅、鉛、錫)錫の量で色が変わる
(少し加えると金色、多くなると白くなる)
・鋳型には、石型と土型がある
・石型製の見分け方…舞がデコボコ、型持穴が汚い

3.神戸の銅鐸
・桜ヶ丘(神岡/カミカ)銅鐸から神戸の銅鐸について、各々紹介
・8ヶ所から21個出土 全国的にみても銅鐸の多い地域のひとつ

興味深い話としては、
(1)
昨年出土した北青木銅鐸は第1次埋納坑から鈕の破片が見つかったが、銅鐸本体とぴったりと接合するわけではない。
※私も6月に江戸博で開催されていた「発掘された日本列島2007展」で実物を見たが、どこに接続するのだろう?と不思議に思っていた(疑問解消)。もっといえば、この鈕破片は北青木銅鐸とは別個体のものだった可能性もある。

(2)
桜ヶ丘銅鐸出土地より東方に銅鐸が多く、西方20km~投上鐸まで、銅鐸出土がないことをもって、その20km圏の銅鐸が桜ヶ丘に集められたとする有名な学説(小林行雄)があるが、松林さんは、桜ヶ丘のすぐ西側の灘区大月山から1958年に出土しており、小林説は崩れた?と話す。
※大月山銅鐸は外縁付鈕式(II-1式)なので、桜ヶ丘に銅鐸が埋納された時は既に埋められていた可能性が高いかも?
(3)
北青木鐸を見て、春成秀爾さんが「山には大型銅鐸、平地には小型を埋めているのではないか…海と山では祀る対象(神さま?)が異なる」とコメントされたという。
※最近発掘調査で平地からの出土事例が多くなってきているが、平地は小型などと言えない。考古学者のコメントは“空想”のような話がまま多いと思う。
(4)
Photo最も興味深かった話は、西神ニュータウン内第65地点から出土した「銅鐸鋳型」の未製品
神戸層群中の凝灰質砂岩製、1組2個の未完成品で石材産地(三田市~神戸市須磨区)の東端に当たり、出土地付近に鋳型石材採取地が存在していたことを示す。ここの鋳型用石材は、東奈良遺跡(大阪・茨木市)の銅鐸工房まで運ばれているのだが、松林さんは、銅鐸工人が神戸の山奥まで来て、鋳型にいい石材を探して採取したと言う。 銅鐸の形に少し抉り加工しているのは石材を少しでも軽くするためらしい(重さなんと計50kg!)。
※弥生時代といえど分業社会であり、遠隔地の石材(サヌカイト、緑泥片岩など)は産地付近のムラが掘り出して、交易している。銅鐸を製作していたムラと銅鐸鋳型を採取していたムラ両者はどういう関係だったのか…

銅鐸のナゾを解く鍵はこういうところにあるような気がする。

鋳型写真出典:
1997『弥生の鋳物工房とその世界』(北九州市立考古博物館)

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