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2007年9月23日 (日)

扁平鈕式の分類基準(その2)

S扁平鈕式について少し気になっているのが、複数個埋納(多数埋納)事例でIII-1式が少ないことだ。(添付図参照/出典1) 有名な出雲・加茂岩倉からはこの時期の銅鐸が39個も出土しているがIII-1式が1個もない。(II-2式とされる15号,28号の流水文鐸はIII-1式の可能性があるが…)

複数個埋納事例は隣接する時期に製作・使用されていた銅鐸が最終的に集められたと普通は理解されているので、III-1期がきれいに抜けてしまうのは理解しにくい。(複数個埋納をあちこちから集めたのではなく計画的に作成・埋納したという説もあるが…)

ここからは私見だが、II期~III期が弥生中期に比定されるのなら、II-1式~III-1式までが中期前半、III-2式は前後に細分されて中期後半になるとみた方が、各時期の銅鐸製作個数などとバランスがとれてスムーズかもしれない。ようするにIII-1式段階は意外と短いのではないかと推定できる。

S_2鋳型からみるとIII-1式とIII-2式間に画期があるとされているが、鉛同位体比研究では(添付図参照/出典2) II-1式がラインD、II-2式は領域Aに分布し、原材料からみると外縁鈕式のII-1式とII-2式間に画期があるらしい。銅鐸の編年を(1)I式、(2)II式、(3)III式と区切るより、(1)I式~II-1式、(2)II-2式~III-1式、(3)III-2式と捉えた方がより実態に近いのかもしれない。

難波さんはIII-2式である扁平鈕式六区袈裟襷文銅鐸(正統派)を
1式:鈕の菱環文様帯の綾杉文が舞に接する部分に平行線を入れない
2式:平行線を入れる
に分けているし、III-2式は、製作数の多い扁平鈕式六区袈裟襷文(72個)以外に四区袈裟襷や流水文銅鐸の一部も含むからIII-2式段階の期間が長くなる妥当性は充分にあると思う。

図出典
1:春成秀爾1998「銅鐸の祭りと埋納」p.49, 佐原眞編『加茂岩倉遺跡と古代出雲』(雄山閣)
2:馬淵久夫・平尾良光1986「倉敷考古館提供の資料による青銅器の原料産地推定」p.2, 『倉敷考古館研究集報』第19号(倉敷考古館)

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