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2007年9月23日 (日)

扁平鈕式の分類基準(その1)

Photo 知り合いのDさんから扁平鈕式の新旧細分の「基準」は何か?と聞かれたので、調べてみた。佐原先生が書かれた佐原眞1960「銅鐸の鋳造」『世界考古学大系』2(平凡社) 以降の初期の論文では細分はされていない。確かに、島根県埋文センターの「銅鐸出土地名表」『青銅器埋納地調査報告書I(銅鐸編)』でも扁平鈕1式、扁平鈕2式のように細分されているものは161個中、24個とわずかしかない(137個が細分不明)。細分されているものでは、1式が7個、2式が17個。

鋳型が石製から土製に変化するという指摘は、難波さんの難波洋三1986「銅鐸」『弥生文化の研究』6(雄山閣)で指摘されたのが最初ではないだろうか?難波さんは扁平鈕式でも四区袈裟襷文と流水文には石製鋳型製と土製鋳型製の両方があり、六区袈裟襷文は全て土製鋳型製となると指摘している。

また難波さんは佐原先生の選定した銅鐸群のうち

(1)四区袈裟襷文(77個)
石井谷型:石製鋳型
渦森型・亀山型・渦巻派:土製鋳型

(2)流水文(10個)
正統派:石製鋳型
迷走派:土製鋳型

(3)六区袈裟襷文(72個)
瀬戸内袈裟襷正統派:土製鋳型
東海派:土製鋳型

と判断できるとしている。

春成さんが、佐原・難波の系譜論を基にまとめられた春成秀爾1992「銅鐸の製作工人」『考古学研究』39-2(考古学研究)には添付のような銅鐸群毎の図入りの編年表が掲載されており、佐原分類、難波分類の銅鐸群の範囲の不明確さや時期比定は理解しやすくなっている。春成さんの編年表をみると難波さんの石製鋳型製=III-1(扁平鈕1式)に、土製鋳型製=III-2(扁平鈕2式)に時期比定されていることになる。

銅鐸は供伴する土器資料などにはめぐまれないので「型」とか「派」と称される銅鐸群の分類・編年はあくまでも、アトリエや工人の系譜の把握であって、II式(外縁鈕式)~III式(扁平鈕式)の時期比定についてはまだ検討点が残されているように思う。II式とIII式や1式(古)と2式(新)が、まるっきり逆転してしまうようなことはないが、摂津、河内、播磨、福井そして最近では阿波や東海、出雲、吉備など各地に複数のアトリエがあったと想定されているから、パスンパスンと製作時期が明確に切れるのではなく春成さんの図よりも各銅鐸群同士は、もう少しオーバーラップしていたと考えていただいた方が実際のイメージに近いと思う。
※これは土器などの編年でも同じこと。 考古学上の分類とか編年というのは、現代人の考古学者が過去に作られた遺物を研究するに当たって“設定”したものであって、当時の銅鐸工人たちが意識していた“基準”とは異なっている可能性すらある。だから基準では割り切れない(変な)銅鐸も存在するのはしかたないことなのだろう。

当然、研究者によって、分類とか編年が変わってくるのもある意味しかたがないことだが、考古学の対象となる「モノ」に対してどうアプローチするかという点の研究者相互の偏差であって、アプローチの“勘所”さえ間違えなければ、最終的には似たような結論にたどり着くはず。この結論も、分類・編年までは一致しても「解釈」が異なるということは、ままあるのだが…
※まあこの勘所というのが難しいところで、対象とする遺物のどの辺に「編年変化の特徴」が現れる部位があるか、見定めるのが考古学者の生命線といえる。考古学は「自然科学」のような“科学”ではないから、たとえて言うなら“犯罪捜査”に似てるかもしれない。

井上洋一さんが『考古資料大観』6で、亀山2号や野々間2号鐸を扁平鈕1式に比定しているのは鋳型が石製か土製かという観点よりも亀山2号(A1類)も野々間2号(B1類)もA類、B類の中では形式的に古く位置づけられることによるのではないだろうか? この辺から考えると、井上さんは亀山型のA類、B類の編年を平行関係で捉えているように思える。A類とB類が平行関係にあるのか、難波さんが言うように、A類→B類と変遷するのか本当のところは、供伴する土器などの遺物や遺構の切り合い関係があると判明するが、銅鐸の場合、難しい…

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