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2007年10月 5日 (金)

企画展「弥生王墓誕生—出雲に王が誕生したとき—」

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今春オープンした島根県立古代出雲歴史博物館で10/12~企画展「弥生王墓誕生—出雲に王が誕生したとき—」が開催される。

2007年10月12日(金)~12月16日(日)
島根県立古代出雲歴史博物館(島根県出雲市大社町杵築東99番地4)

出雲の弥生王墓というと、なんといっても「四隅突出型墳丘墓」だが、この特別展では、四隅突出型墳丘墓の成立・発展・終焉。九州北部、安芸、吉備、但馬、丹後、北陸地域など他の地域の王墓についてもその特徴や個性が紹介される。近年研究の進展目覚ましい弥生墳丘墓研究の最前線を近畿ではなく出雲からの視点でどう見せてくれるのか、期待したい。

今回の目玉?として、 金印の実物が11/21~12/2までの期間のみ展示されるらしい(まあレプリカと実物は見分けられないと思うけど…)

前回出雲に行ったのは青谷上寺地遺跡で弥生人の脳が見つかったと話題になっていた2001年だから、ちょうど6年前! 加茂岩倉遺跡が整備の真っ最中だった記憶がある。今回は出雲に帰ってきた加茂岩倉の銅鐸とも初対面できるし、「イツモ国」の王墓-西谷墳墓群も訪れてみたい。

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コメント

いま、薮田絃一郎著「ヤマト王権の誕生」が密かなブームになっていますが、それによると大和にヤマト王権が出来た当初は鉄器をもった出雲族により興されたとの説になっています。
 そうすると、がぜんあの有名な島根の青銅器時代がおわり四隅突出墳丘墓が作られ鉄器の製造が行われたあたりに感心が行きます。当時は、西谷と安来-妻木晩田の2大勢力が形成され、そのどちらかがヤマト王権となったと考えられるのですがどちらなんだろうと思ったりもします。

投稿: さわかみ | 2009年1月 9日 (金) 23時07分

> さわかみ様

薮田さんの本…読ませていただきました。うーん、少なくとも青銅器のところはちょっと勉強不足というか、明かな誤認識が目について申し訳ないですが読むに耐えません。

「島根の青銅器時代がおわり四隅突出墳丘墓が作られ鉄器の製造が行われたあたり」…こう書かれると加茂岩倉の銅鐸埋納直後に西谷墳丘墓が出現したような印象を受けますが、少なくともこの間-百年ぐらいのスパンがありますから。さらにヤマトの王権ができるまではまだまだ長い道のりがあります。

投稿: 向井一雄 | 2009年5月10日 (日) 07時19分

安来は島根でもかなり神聖さがありますよね。

投稿: 手間山人 | 2009年9月23日 (水) 23時22分

> 手間山人様

>安来は島根でもかなり神聖さがありますよね。
>
コメントいただいたのですが、「安来の神聖さ」とは具体的にどんなことを指していらっしゃるんでしょうか?

安来で思いつくのは、四隅突出墳丘墓や和鋼博物館ですが…

投稿: 向井一雄 | 2009年9月25日 (金) 12時05分

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