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2007年10月 1日 (月)

亀山型と共通する特徴を有する銅鐸

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9/29の京博・土曜講座で「その時期(扁平鈕式)の銅鐸については、数年前の徳島市考古資料館でのシンポジウムで書いた」と難波さんからお聞きしたので、下記論文を再読してみたところ、

難波洋三 2003 「徳島市出土の特徴的な銅鐸について-亀山型と名東型-」 『徳島市考古資料館 開館5周年記念 シンポジウム 銅鐸の謎をさぐる』(徳島市考古資料館)

なんと本山銅鐸や吉田屋銅鐸(名古屋市博所蔵銅鐸)について「亀山型と共通する特徴を有する」銅鐸として紹介されていた。

要約すると

(1)兵庫県本山鐸(神戸市埋文センター展示・本山銅鐸)
・飾耳がない
・身の下縁の型持痕が幅広く低い
・鰭幅が小さく、
・身の反りがほとんどない
・外周輪郭線がある
・鰭下端を線で限る

などの特徴は、桜ヶ丘4・5号鐸や六区袈裟襷文銅鐸正統派からの影響

・菱環文様帯が無文で退化し突線のようになっている
・下辺横帯(身の下方の横に並ぶ鋸歯文)がなく
・左右縦帯幅が中縦帯幅よりも小さい

これらの特徴は、亀山型と関係する可能性があるとされ、
本来、菱環部を飾る綾杉文が外縁第2文様帯にある点は、亀山型B3類の安都真3号鐸の片面と同じ。

(2)出土地不明名古屋市立博物館蔵鐸(吉田屋銅鐸)
・菱環文様帯の綾杉文が舞に接する部位に平行線があり、
・身が細長く反りがほとんどない
・鰭幅が小さい
・鈕孔が大きく菱環文様帯が外寄りにある
・鋸歯文をRで統一している
・外周輪郭線がある
・鰭下端を線で限る

などの特徴は、六区袈裟襷文銅鐸正統派の影響とされる。

・縦横帯の界線がいずれも複線で
・鋸歯文が細長い

これらの特徴から、六区袈裟襷文銅鐸正統派の名東派や横帯分割型の影響、あるいは、亀山型B3類の影響と考えられるとする。外縁第2文様帯を略しているところは、外縁第2文様帯を無文とする亀山型A2類やB類、扁平鈕式新段階の東海派の六区袈裟襷文銅鐸(滋賀県山面1号鐸・岐阜県上呂2号鐸)と関係がある。

また難波さんは、広島県世羅鐸(広島県立歴史民俗資料館所蔵/写真)も鈕の外縁第2文様帯が無文となっていて、左右縦帯の幅が中縦帯の幅に比して小さい点などが亀山型と共通するとされる。※この銅鐸も資料館で見たことがあるが、確かに独特なフォルムをしており、最近『考古資料大観』6で吉田屋鐸の写真見た時、世羅銅鐸にちょっと似てるな~と感じたことを思い出した。ちなみにこの銅鐸の舞の短径6.5/長径9cm=0.72であまり扁平ではない。

これらの銅鐸は、今のところ明確な銅鐸群を構成していない。また、亀山型と共通する特徴を持っているが、直接、亀山型の影響を受けたかどうかについては明確ではない。しかし、このような文様と文様帯の省略や退化現象が同時期の銅鐸の一群に見られることは扁平鈕式新段階銅鐸の変化の方向の一つを示しているという。

難波さんは、扁平鈕式新段階の銅鐸群を複数(10箇所以上)あったとされており、本山銅鐸や吉田屋銅鐸も、新たな銅鐸群になる可能性はありそう。吉田屋銅鐸が亀山型B3類と関係があることは難波さんも指摘する通りだが、吉田屋銅鐸が亀山型B3類の祖型となるとか、その逆に亀山型の影響を受けたとかそれほど単純なものでもないらしい。むしろ、扁平鈕式新段階の主流である「六区袈裟襷文銅鐸正統派」の周辺に正統派の影響を受けたいくつかの銅鐸群(アトリエ)が衛星のように存在していると捉えた方が実態を表しているのかもしれない。

佐原先生は「この段階(扁平鈕式)にも銅鐸群にぞくさないとみられる銅鐸がある。銅鐸工房は、銅鐸群(一群とはかぎらない)を作るかたわら時としてこうした型にはまらない作品を手がけたのであろう」佐原眞 1964 「銅鐸」『日本原始美術』4青銅器(講談社)と述べているので、銅鐸群の数=アトリエの数ではないのかもしれないが…

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