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2007年10月24日 (水)

長野県中野市・柳沢遺跡で銅戈発見

Photo_8

SNSのPさんの日記で、長野県中野市柳沢遺跡で銅戈が発見されたことを知った。写真見るとちょっと違う感じもするが、大阪湾型銅戈の系列みたいだ。塩尻の三遠式銅鐸見に行こうと思って、そろそろ信州の青銅器情報集めていたのでちょっとびっくりした。
弥生時代の銅戈2本出土 長野、東日本に青銅文化か(産経新聞/07/10/22)

岩永省三 1997『金属器登場(歴史発掘7)』講談社によると、長野県北安曇郡上諏訪神社にも大阪湾型銅戈が所蔵されているらしい。※長野県大町市海ノ口上諏訪神社の広形銅戈(写真)。現在は、大町市文化財センターにあるそうだ。

長野県埋文センターのHPを見てみたが、柳沢遺跡の銅戈の方が安曇郡のものより大きい。それから樋の文様は「斜格子文」で、銅戈2のB面には銅鐸の耳みたいな文様?もある。弥生文化博 2001 平成13年度秋季特別展図録『弥生クロスロード-再考・信濃の農耕社会-』によると、大町市上諏訪神社の銅戈は、伝小谷村出土となっている。

小谷村は大町から大糸線を北上した長野県の北端-糸魚川に抜けるルート上-小谷村の方が中野市より少し北になる。中野市の方は野尻湖を経由して上越市へ抜けるルートと東北方へ向かい十日町-長岡へ抜けるルートのちょうど分岐点に当たる。この銅戈がどのルートを通って北信州にもたらされたのか… 日本海ルートも充分考えられる。大阪湾型銅戈の出土は、大阪府:4本(4箇所)、兵庫県:8本(2箇所)、和歌山県:6本(1箇所)なので、これまで名古屋・東海方面では出ていない。

海ノ口上諏訪神社の銅戈について、資料探していたら、大場磐雄さんが下記文献で、「安曇氏」との関係から日本海ルートからの信濃入りを論じていた。姫川沿いの翡翠を追って…と考えられている。※大場磐雄 1975 「信濃国安曇族の考古学的一考察」『考古学上から見た古氏族の研究』永井出版企画

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