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2007年10月24日 (水)

松本清張の銅鐸

Photo_910/21 光市でのイベントに参加した翌日、北九州市の松本清張記念館を訪れた。

理由は、松本清張が生前コレクションしていた銅鐸を見るため。ここに銅鐸が展示されていることは、友人から教えてもらったのだが、清張の銅鐸は、島根県埋文センターの銅鐸出土地名表や三木文雄 1983『銅鐸』(柏書房) にも写真が掲載されており、北九州市の記念館にあるのでは?と思っていた。清張の古代史研究は有名だが、所蔵の銅鐸を手にとって眺めている写真が松本清張編 1983『銅鐸と女王国の時代』(日本放送出版協会)の表紙に載っている(写真1)。

Photo_10この銅鐸(写真2)は、鈕の部分が菱環部を残してほとんど欠損し、鰭や身にも欠損部あるため、一見すると変な形に見えるが、いわゆる扁平鈕式(III式)の「渦ヶ森型」の銅鐸。鈕には小さな飾耳が3個付いていたのだろうか? 鋳上がりはお世辞にもよくないが、4つある袈裟襷の区画内には四頭渦文も施されている。四頭渦文もよく見ると、1本の線で渦巻きが描かれているのではなく2本の線が互いに重ならないように渦巻き、中心で結ばれている。これにはちょっと感動した。

銅鐸は博物館などでは立てて展示されていることが多いが、この記念館では横に倒して展示されている。おかげでいつもは見れない銅鐸の中を見ることができた。内面突帯は一重で、あまり摩耗はしてない感じだった。身の部分も舞にかかる辺りが一部欠損している。そのため銅鐸の厚みが1-2mm程しかないことがよくわかる。

記念館の性格上、銅鐸を観察させるために横倒しにしたのではあるまい。おそらく展示ケースの高さが低かったのが理由だと思う。展示ケースありがとう!

2Fのコレクションに関する展示説明には「手にとって見たことがないという誹り」を受けたくないと本物の考古遺物をコレクションしていたと書かれていた。在野研究者の鬼気迫る“執念”が伝わってくる銅鐸でもある。

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