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2007年11月19日 (月)

銅鐸の金属成分-これまでの研究史

Photo_4古い銅鐸から新しい銅鐸になるにつれて、錫の量が減っていく理由については、かつて、亀井清氏は錫と鉛の含有量から、銅鐸をA、B、C類に分類し、古い銅鐸(A類)は漢の銅利器類をそのまま改鋳し、それより新しいB類はそれらに銅を添加し、さらに新しい銅鐸(C類)はさらに多量の銅を添加してそれぞれ鋳造したと説明している。青銅器工房復元画は愛知県埋文センターHPより

銅鐸名 Cu _Sn_ Pb_ 分類(成分)_ 分類(鉛同位体比)
泊 74.46_ 14.25_ 7.65_ A_ α
神於 75.9_ 12.5_ 5.92_ A_ α
神戸 83.84_ 7.62_ 7.63_ B_ β
倭文 85.88_ 3.49_ 8.89_ B_ β
栄根 90.87_ 4.17_ 4.27 C_ γ
(伝)羽曳山 87.91_ 4.52_ 3.38_ C_ γ
堂道 89.14_ 4.93_ 2.66_ C_ γ
※馬淵久夫・平尾良光 1982「鉛同位体比からみた銅鐸の原料」『考古学雑誌』68-1より

この説は一見つじつまが合っているが、銅を添加するだけなら、錫だけでなく鉛量も減っていくはずなのに、A類とB類で鉛量がほとんど変わらない点が説明できないのとその後の鉛同位体比研究によって、古い銅鐸(A類)と新しい銅鐸(B類・C類)で鉛同位体比が全く異なることから、現在では否定されている。上の表のように成分分析の分類と鉛同位体比による分類は一致しているので、成分比の差異が青銅原料と何らかの関係を持っていることは間違いなさそう。

A類(α類)の原料にいくら銅を加えて改鋳しても鉛同位体比は変動しないため、B類(β類)の銅鐸はできないし、B類(β類)とC類(γ類)の銅鐸は鉛同位体比がA領域にあるとはいえ、C類(γ類)は鉛同位体比のばらつきがほとんどないので、B類(β類)の原料を適当に混合しても、C類(γ類)の銅鐸の鉛同位体比にはならない。

A類-II-1式とB類-II-2式は、使用原料が違うということですから、同じ外縁付鈕(II式)に分類されてはいるが、「錫不足」だけでは説明できない事情がありそう。

金属成分の三角グラフを見ていただくと、菱環鈕(I式)→外縁付鈕(II式)→扁平鈕(III式)→突線鈕(IV式)と単純に錫が減っているわけではなく、II-1式→II-2式で一度減って、III-1式はII-2式とほぼ同じでIII-2式で再び増えて、IV式で錫・鉛共に減る… とちょっと不思議な動きをしている。今回の加茂岩倉のデータでII-1式~II-2式・III-1式~III-2式間の違いがさらにはっきりしたと言えそうだ。

II-2式とIII-1式は石製鋳型という技術的には共通項があるので、原料や成分比の点で似ていることも理解しやすい。III-2式は土製鋳型への転換という銅鐸鋳造の技術史的には一大画期なので、ここで錫量がII-1式段階に戻るというのもわからなくもないが、次のIV式では錫も鉛も減ってしまう。

IV式段階-弥生後期に作られていた青銅器-九州で作られた広形銅矛や小型仿製鏡、近畿式銅鐸と三遠式銅鐸、関東の小銅鐸-これら製作地が異なるであろう青銅器が銅・錫・鉛の成分構成比的にも鉛同位体比的にも極めて同じ値を示しているというのも不思議といえば不思議なこと。

これについて東文研の平尾良光さんらは“出来合い”の素材-「青銅インゴット」説を出しているが、鋳造する時に錫や鉛を添加しないなんてあり得るのだろうか?それとも、銅、錫、鉛の別々のインゴットがあったとして、それをどう混合するのか、「レシピ」のようなものがはたして弥生時代にあったのか、こちらも疑問が残る。

Photo_5錫と鉛は青銅器鋳造において、銅合金の融点を下げ鋳造性を高める効果を持っていることはご存じの通り。 世界最大の「司母戊鼎(写真1)」は、高さ133cm、重さ875kgだが、成分比は、銅84.77% 錫11.64% 鉛2.79% 有名な三星堆青銅器の成分は、錫と鉛の成分が中原地区の青銅器より多く、青銅の流動性が高くて、多種多彩な異形青銅器が製造できたということからみても、銅鐸の錫量の減少については、「鋳造性」からは理解不能。※中国の青銅器文化

錫は銅合金を硬くし、脆弱にさせるという。「聞く銅鐸」であるII-2式についてはこの「壊れにくくする」という観点も当たっていそうだが、後期の銅鐸は「見る銅鐸」なのでこれも説明がつかない。

日本最大-高さ135cmの「大岩山銅鐸」も錫・鉛が少ないとすると、どうやって作ったんだろうか?

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