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2007年12月 4日 (火)

銅鐸の旅-徳島から出雲へ(その4/加茂岩倉37号銅鐸)

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今回の見学で、徳島の銅鐸には古いもの(I式,II-1式)も少ないが、新しいもの(IV式)も少ないこと。扁平鈕式の新段階-III-2式辺りの銅鐸のバリエーション(変種)が豊富に出ていることを知った(写真1/長者ヶ原2号)徳島産といわれている亀山型や名東型以外にもいろいろある。佐原先生の「渦巻き派」、難波さんの「横帯分割型」の生産地なのかもしれない。難波さんが横帯分割型の生産地を「吉備」と言わずに「瀬戸内東部」と表現しているのは、徳島の可能性もあるというニュアンスなのだろう。

また、加茂岩倉で出た扁平鈕式の新段階(III-2式)以降、出雲でも銅鐸生産が始まったと聞かされていたが、出雲・志谷奥1号や石見・上條2号の銅鐸の袈裟襷文のエッジ(界線)が複線になっており、時期的にみて、これは同時期の他地域の銅鐸にはないデザイン。 エッジが複線化するのは後期銅鐸の特徴、早くても扁平鈕式新段階からなのだ。※平成12年春季特別展図録『神々の交流-出雲・石見・隠岐の弥生文化』弥生文化博物館 2000

37そして、加茂岩倉の37号銅鐸(II-2式/写真2)の前で、暫し立ちすくんでしまった…この銅鐸も袈裟襷文のエッジが複線になっているのだが、片面の袈裟襷縦横帯の中が「網代文」と「複合鋸歯文」になっている!!(普通は斜格子文)
「えーっ?!」という感じだが、この銅鐸は他にも妙なところがたくさんあって、鈕の菱環文様帯の上側が三日月文様帯のようだし、横帯の斜格子はすごく縦長だし、下辺は鋸歯文でなく、連続渦巻文になっている。※鋳上がり悪く錆に覆われてて、実物見ないと写真だと細かいところまではわからないと思う…

荒神谷の1号もユニークというかキュッチュというか“デタラメ”なデザインだったが、この37号もかなり変な銅鐸だ。

出雲での銅鐸生産はかなりさかのぼるのかもしれない…

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