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2007年12月10日 (月)

銅鐸は銅鏡に改鋳されたのか-鉛同位体比からみた青銅器材料(その2)

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脇本遺跡報道の“リサイクル工房”は、橿考研のプレスリリースを読むかぎり「銅鐸-銅鏡改鋳説」ではないが、古代史ファンにそう勘違いさせるような書き方の新聞もある。
>寺沢薫・調査研究部長(考古学)は「大和王権が銅鐸を集め、纒向の都市計画が始まる一時期だけ、銅鐸片を溶かし、鏡や鏃(やじり)などの青銅器に作り替えたのではないか」と話す(朝日新聞/07/12/07)

「破砕銅鐸」は現在30例以上あるし、ほとんどが後期の近畿式銅鐸なので、広義の意味で“リサイクル”されていることは確実。銅鐸のマツリの中で自然に壊れたとか、破壊することにマツリの意義があるとか、いろいろと説もあるが、これまでの検出例からはマツリとは無関係に破壊されたと思われる。またネットで検索してみると「銅鐸-銅鏡改鋳説」は一般の方にはたいへん人気があるようなので、今回のリサイクル工房報道が誤解を与えなければいいのだが…

脇本遺跡が報道される前に、私は「銅鐸-銅鏡改鋳説」を鉛同位体比を使って否定したが、鉛同位体比研究は考古学研究者、古代史ファン両方から支持されておらず、懐疑的に見る人が多い。

1)A鉱山とC鉱山の鉛を原料にしてそれぞれ製品化した後、両者を混ぜて再溶解して製品を作ったら、鉛同位対比は両者の混合比等によって左右される。
2)全ての鉱山が調査されているわけではない。
3)両者を混合した製品の鉛同位体比がB鉱山の鉛同位体比と一致することもある。

これがおそらく鉛同位対比懐疑論者の疑問点だろう。確かに、平尾良光・山岸良二編1998「文化財を探る科学の眼3-青銅鏡・銅鐸・鉄剣を探る」(国土社)のP.17の説明には、
>混合の可能性はかなり高いのではないかと考えられます。原則として、2種類の鉛を「混合」すれば。その同位体比は両者の平均になります。
と書かれている。ただし、ここは後半の文章も大事だと思う。
>しかし、鉛の同位体比は産地ごとに特有の値をとり、雑多な値を示すということはありません。測定結果を厳密に検討して「混合」の状態を推定することになります。

確かに、いろいろな材料を混合すればもっと数値がバラツキそうだが、測定結果は“雑多”な値ではなく、ある傾向が認められる(例えばラインDとか領域A、領域Bなどがそれに当たる)。また上記の本には、鉛同位体比というとよく出てくる「A式図」しか載っていないが、「B式図」というのもあり、厳密な比較をするには両方の図を比較して確認する必要がある。※鉛同位体比分析の解説

私も鉛同位体比で「産地」が完璧にわかるとは思っていない。これまでも「産地」という言葉はほとんど使っていないつもりだ。 最近はいろいろ批判も出てきたせいか、平尾さんや馬淵さんらも以前は朝鮮半島産とか華北産とか産地名を断定的に書いていたのを、最近の論文では、ラインDとか領域Aとか表現するように変わってきている。ただ前にも書いたが、 いろいろな青銅器の使用原料の比較には非常に有効な手法ではないかと興味を持っている。

文系の考古学者が鉛同位体比に対し懐疑的になるのも理解できなくはない。そんななか、岩永省三さんをはじめ果敢に鉛同位体比に挑戦されている研究者もいる。問題は、発掘調査の報告書などで平尾さんや馬淵さんらの産地比定(朝鮮半島産や華北産のように)を無批判にそのまま使うことなのではないか。鉛同位体比の分析結果そのものまで意味のないものとするならば、 そこに現れた鉛同位体比の時期的変遷が青銅器の型式変化と対応する事実すら無視することになる。銅鐸の佐原編年を証明したのが、鉛同位体比研究と言ってもいいのだから。

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