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2007年12月 4日 (火)

銅鐸の旅-徳島から出雲へ(その3/加茂岩倉銅鐸出土地)

112/2はAM中、宍道蒐古館で伝島根県の福田型銅鐸(出雲木幡(こわた)家伝世銅鐸)を見た後、加茂岩倉遺跡を訪れた。

現地はガイダンス施設が設けられ、復元された出土状況模型(写真1)まで谷をグルッと囲むように遊歩道が整備されている。
加茂岩倉ガイダンスの管理人さんに
「この谷には何かありますか?」と尋ねたところ
「湧水があります。どんな時でも涸れませんね~」との答え
「それはどこから?」と聞くと
2管理人さんは銅鐸出土地点から左方-谷の奥を指さした。銅鐸の出土したところは、小さな谷の中では少し突き出した岬状の地形の先端に当たる(写真2)。
「ただしここの湧水は、出雲弁でカナっ気が多いんで…」と管理人さんは口ごもる。
「カナっ気って金気、鉄分が多いということですか?」
「飲むには向かないが耕作には問題ない。発掘された頃はすぐ下まで水田だった」
そういえば銅鐸出土地点の直下は今でも丸い窪地となっている。湧水が多い季節にはここは湿地、沼池のようになるかもしれない…

加茂岩倉と「大岩」の話は、今までさんざん聞かされてきたが、肝心の大岩は銅鐸出土地点の谷を出てそのまた道路をはさんだ向こう側。岩倉集落の地名由来には関係がありそうだが、銅鐸が出た小さな谷とは関係はなさそう。
加茂岩倉と「湧水」…今までほとんど聞いたことがないが、銅鐸出土地点に近接して湧水があることは事実。

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