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2007年12月 7日 (金)

奈良県脇本遺跡で銅鐸片出土

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奈良県桜井市脇本遺跡-古墳時代の集落跡から銅鐸片-リサイクル工房か?(読売新聞/07/12/07)
「やっぱり出たか!!」 と思わず叫んでしまった。

たった3個だけで「リサイクル工房」なんていうのは…?との向きもあるだろうが、考古学の遺物の残存状況なんてこんなもの。 考古資料の大半は犯人が残した遺留品=“ゴミ”なのだから…
たった3点でも大和で突線鈕の3~5式の銅鐸片が見つかった事実は重大。しかも写真をよく見ると3点が別個体みたいだし(少なくとも銅鐸が3個あった!)それも三輪山山麓で青銅器関連遺物と共伴しているなんて…

脇本遺跡といえば、1984年に5世紀後半のものと推定される大規模な掘立柱建物跡が発見され、雄略大王の朝倉宮の跡かと話題を呼んだところ。

橿考研のHPにプレスリリース(脇本遺跡報道発表資料PDF)が公開されている。

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