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2007年12月23日 (日)

銅鐸と水

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「銅鐸は何故埋められたのか?」…銅鐸だけでなく青銅器埋納について諸説あるのはご存じの通り。

その中で最近気になっているのが「銅鐸と水」の関係。静岡の大野勝美さんが著書『銅鐸の谷』(1994年)で銅鐸埋納地点と湧水との関係を指摘していることは日記に書いたが、春成秀爾さんがまとめられた「青銅器埋納の諸説」の中には「銅鐸と水」が関係するという説は一つも取り上げられていない。※春成秀爾1995「神庭(荒神谷)青銅器と出雲勢力」『荒神谷遺跡と青銅器-科学が解き明かす荒神谷の謎』(同朋舎)

大野さんがオリジナルなのかと思いきや探してみると、もっと以前に「銅鐸と水」の関係を指摘した論考がいくつか出てきた。

『銅鐸の谷-加茂岩倉遺跡と出雲(アサヒグラフ別冊)』という1997年に出た加茂岩倉発見時に出た大判の雑誌があるが、この中(p.94)であの森浩一さんが「銅鐸と水神」というコラムを書いている。このコラムで紹介された論文を図書館で探してみたところ、森浩一1967「銅鐸の出土地をたずねて」『文化史研究』19(同志社大学日本文化史研究会)という研究ノートがあることが判明!1960年、和歌山市の紀ノ川の中州で見つかった「紀ノ川(砂山)銅鐸」。その5年後の1965年に紀ノ川銅鐸発見場所から西方2kmで発見された「有本銅鐸」。森先生はこの2例から紀ノ川からの支流分岐点の祭祀を想定され、茨田堤近くの門真市大和田銅鐸出土地も「川神の祭り」に使われた可能性が多いとみる(他にも岐阜県大垣市の十六銅鐸、奈良県五條市火打野銅鐸も共通した出土状況と指摘)。また香川県綾歌郡綾南町陶、徳島県阿南市の畑田銅鐸、奈良県天理市石上銅鐸の出土地については「水源に近い水神を祭った」可能性がつよいと指摘している。

水の祭祀ということで、湧水、井戸などいろいろ探していると、『湿原祭祀』(1975年/法政大学出版局)という本があることを知った(写真)。早速近くの図書館で読んでみたのだが、著者は金井典美さんというどちらかというと民俗学系の研究者で、長野諏訪の御射山(みさやま)信仰の研究が有名な方らしい。最初銅鐸とはちょっと関係ない本だったかと思ったが、p.120~の弥生時代の湿原聖地の項では、「銅鐸出土地点の一つの顕著な特徴は、丘陵の谷にのぞんだ水辺の傾斜地であり…谷の水辺の地とむすびつけることは、十分可能のようにおもわれる」と指摘し、香川県高松市の源氏ヶ峯、徳島県源田、那賀郡桑野村、大阪府八尾市恩智など、金井さんもいくつかの事例を上げている。

三品彰英さんというと、「地的宗儀」である銅鐸祭祀が北方アジア系の「天的宗儀」の出現によって終末を迎えたという「地的宗儀→天的宗儀」説で有名な民俗学の泰斗。「銅鐸小考」をじっくり読んでみると、(※『三品彰英論文集第5巻-古代祭政と穀霊信仰』(1973年/平凡社)、銅鐸小考の初出は1968年)「地霊(水霊と結びついている)に対する呪儀は早期農耕者にとっては第一の重儀であり、それは山ノ口や川上の然るべき丘上において行われた」という一文があった。そして『常陸国風土記』の「夜刀(ヤツ)神」についても触れ「蛇(谷の神)は地霊の代表的な出現形相であり、また水霊(ミヅチ)でもあった。いずれにしても山ノ口は地霊を鎮め祀る聖地である」とも書いている。

はっきりいって「地的宗儀」説の実態は「水神祭祀」説と変わらない。それでは何故三品説が「水神祭祀」として紹介されないかというと、「銅鐸小考」の後段に、戦争の時、国境の峠に甕を埋める「境界の呪儀」が長々と論じられているからとみられる。

80年代に青銅器埋納の有力な解釈として登場した「境界祭祀」だが、淵源というか元ネタはどうもこの「銅鐸小考」にあるらしい。確かに古墳時代の祭祀に峠に甕を埋める「甕坂」の祭祀があったことは、辰巳和弘さんが書いてある通りだが(※『新古代学の視点―「かたち」から考える日本の「こころ」』(2006年/小学館))これと青銅器祭祀を結びつけるのはいかがなものだろうか?考古学者の青銅器埋納に関する論文を読むと「境界」「呪禁」「非常事態」「共同幻想」「シンボル」といった言葉がバンバン出てくる。境界で呪禁するというところまではいいとして、共同幻想としての非常事態に共同体のシンボルである青銅器を…となると、考古学者の“作り話”に近い。

先日の出雲歴博でも荒神谷遺跡での「マツリ」のジオラマが展示されていたが、共同体の非常事態に災厄を払うために大切な青銅器を埋める厳かな祭祀の様子が再現?されていた… 松本岩雄さんの講演でも同じような説明がなされていた。青銅器を奉献することで災厄を除いてくれる「神」とはいったい何ものなのだろう? 考古学者たちのイメージするその神が「水神」でないことは間違いなさそうだ。

青銅器祭祀に対して何か勘違いしているのではないか…その分岐点は「銅鐸小考」の誤読にあったのかもしれない。

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