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2008年1月15日 (火)

脇本遺跡(銅鐸片)速報展見学

Photo_10先週末なんとか橿考研附属博物館で開催中の脇本遺跡速報展行って来た。

追加情報として…

・銅鐸片はやはり別個体とみられている(写真1)。
左のは左右方向に湾曲しており1m級の大型銅鐸の中央縦突線部分
右上は平たいし突線も太いので鰭の下端部
右下は突線部分にも斜格子文が入った珍しいタイプ(こんな銅鐸あったかな?)

・鋳造片(1個は銅鏃?の未製品)の成分は純銅に近い。
すると後期銅鐸と類似した成分比となり、銅鐸片で銅鏃を鋳造していたと言ってもよさそう。こういうことは鉛同位体比を調べれば一発でわかるのだが、久野雄一朗さんとの関係で橿考研は鉛同位体比に批判的かもしれない…

・銅鐸片が出土した建物は調査区唯一の多角形建物で最も大きい。
これは速報展の説明中にも書かれていた。他の住居跡は方形ですが、この建物だけひときわ大きいのは何らかの意味があるのだろう。この建物自体が鋳造施設ではないが…

・時期は庄内式だが細かな時期は意見が別れているらしい。
石塚の時期、ホケノ山の時期、箸墓の時期… 時期によっては銅鐸片の意味も変わってくるが、報道では3世紀初頭と言っているし、いくらなんでも布留式までは下らないだろう。

Photo_11・鋳型片は写真が掲載されている格子状刻みが入ったものだけではなく、形は不正形だが数点出ている。
このような鋳型は最近発見例が多くなっている土製鋳型の破片で、格子状の刻み目は粘土の貼り付きをよくするため。滋賀県能登川町の石田遺跡でも出ているが連鋳式の銅鏃の鋳型らしい(写真2)。

・辰砂のスリ石はL字杵じゃなく、普通の小さなスリ石だった。
西分増井遺跡でもそうだが、青銅器関連の遺物の出るような場所は何らかの“工房区”の一角なのだろう。

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