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2008年3月21日 (金)

長野・柳沢遺跡の銅鐸

A長野県埋蔵文化財センターのH.Pで柳沢遺跡の銅鐸の写真がUPされている。
はじめて大きな写真が公開され、菱環部の外側に鰭から続く幅の狭い外縁が付く「外縁付鈕式」(おそらくII-1式)とわかった。全体的に鋳上がりが悪く、文様がわからない部分が多いが、身の鰭に接する部位に流水文があるのがわかる。大きさはやはり20cmぐらいのようだ。鰭の鋸歯文は一部だけかもしれないが外向き。外縁付鈕式で似たものを探すと、愛知県一宮市で96年に出土した八王子銅鐸(図参照)が上げられる。大きさや鋳上がりの状態、流水文、鈕部分に紐摺れのような痕跡が残っている点などもよく似ている。

Photo3/15に長野県立歴史館で開催された特別考古学講座「シンポジウム 柳沢遺跡を考える」に関する信濃毎日ニュース記事によると、柳沢遺跡調査指導委員のディスカッションの中で興味深い指摘がなされている。

吉田広・愛媛大准教授
6本の「大阪湾型」銅戈について、「毛色が違うものがあり、細かく分類できるかもしれない」と指摘した。

難波洋三・京都国立博物館情報管理室長
新潟県上越市の吹上遺跡で見つかった銅鐸を模した土製品に触れ、北信地方や吹上遺跡などで出土する「栗林式土器」の分布地域には、「銅鐸がある程度入ってきて、祭祀に使われていた可能性がある」と推測。「流入する道筋が出来上がっていたかもしれない」と述べた。

柳沢遺跡の銅鐸・銅戈は、速報展「長野県の遺跡発掘2008(3/15~5/11)で展示されており、同速報展では、長野県出土の弥生青銅器として、塩尻市の柴宮銅鐸(三遠式銅鐸)や小谷村出土と伝えられる海ノ口諏訪神社の銅戈(大阪湾型)などのレプリカも同時に展示されているらしい。

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