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2008年7月 6日 (日)

加古川市・望塚銅鐸(兵庫8, 扁平鈕式, 6区袈裟襷文, 42.5cm)

2兵庫県立考古博の企画展「開館記念展III 光は西から-弥生人、文明との出会い-」で「望塚銅鐸」が40年ぶりに公開された。

望塚銅鐸は、扁平鈕式新段階(III-2式)の六区袈裟襷文銅鐸。瀬戸内袈裟襷正統派(正統派)と呼ばれるもので銅鐸のデザインとしては非常に多いタイプ。特徴のあまりない銅鐸だが、菱環文様帯や縦帯/横帯指数、飾耳などいくつか観察のポイントがある。

難波洋三氏によると、正統派は1a式、1b式、2式に分類される。望塚鐸は菱環文様帯の綾杉文が舞と接する部分に平行線がない点と菱環文様帯が二区構成なので、1a式となる。望塚鐸の袈裟襷文は横帯が縦帯より細い。この特徴も難波分類では1a式のもので、1b~2式になると横帯と縦帯の幅が等しくなっていくという。下辺横帯下の界線数も1b~2式になると3条から4条に増加するということなので、この点も望塚鐸は3条で、1a~1b式となる。

鋸歯文に関しては、1a式はR鋸歯文とL鋸歯文を混用しているが1b~2式になるにしたがってR鋸歯文のみとなるという。望塚鐸は全体的にはR鋸歯文使用だが、鈕の一部にL鋸歯文が認められる。また難波分類では、1a式には飾耳を持つ例はなく、3対耳が1b式~、1対耳が2式~とされるので、飾耳からみると、望塚鐸は2式となる。

望塚鐸は新旧両方の特徴を持っており位置付けが難しいが、1式~2式への過渡的な銅鐸と考えておきたい。

鋳上がりが悪いのか発掘時の破損かよくわからないが、A面左の鰭と鈕の外縁が破損している。発掘時のものだとすると、土の付着具合などからA面右鰭を下にした埋納姿勢が復元できそうだ。
(08/06/28観察)

写真出典
展示解説図録『光は西から-弥生人、文明との出会い-』(2008/兵庫県立考古博物館)p.13

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