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2008年9月16日 (火)

柳沢遺跡で新たに銅鐸3個見つかる!!

昨年から話題になっている柳沢遺跡で、重機で掘って埋納坑を破壊した際に混じった青銅器片がないか掘りあげた土砂をフルイにかけて探していたが、やはりあった!-それも銅鐸が新たに3個も…
今度は外縁付紐2式だということだが、どんな文様の銅鐸か楽しみである。長野県埋文センターのHPによると、9/20~21に現地説明会が行われ、銅鐸も公開されるらしい。

柳沢遺跡の銅鐸計4個に 弥生のクニ、原型裏付け 
下野新聞(08/9/12
Photo長野県埋蔵文化財センターは12日、昨年に東日本で初めて弥生時代の青銅器「銅鐸」と「銅戈」が一緒に出土した柳沢遺跡(同県中野市)で、新たに弥生中期ごろの銅鐸の破片が出土し、最低でも3個分あることが分かったと発表した。
同遺跡で出土した銅鐸は合計で少なくとも4個になった。奈良文化財研究所の難波洋三考古第1研究室長は「銅鐸が4個以上出土した遺跡は全国で10例もなく驚きだ」と話している。
柳沢遺跡では昨年、祭器として使われた銅鐸と銅戈7本(大阪湾型6本、九州型1本)が同時出土。東日本の長野に、弥生時代のクニの原型になる有力な集団が存在していたことを示す発見として注目を集めた。
大阪府立狭山池博物館の工楽善通館長(考古学)は「考えていたよりも、さらに強力な集団がいたことを意味付ける成果だ」と指摘している。
※写真=柳沢遺跡で新たに出土した銅鐸の破片


銅戈と同時出土の中野市の柳沢遺跡から新たに銅鐸片3個
信濃毎日新聞(08/9/13
2県埋蔵文化財センター(長野市)は12日、昨年に東日本で初めて弥生時代中期の祭器「銅戈(どうか)」と「銅鐸(どうたく)」が一緒に出土した中野市の柳沢遺跡で、新たに銅鐸の破片18点が見つかったと発表した。うち3点は昨年出土した銅鐸の一部。ほかの破片でさらに3個分になるという。同遺跡調査指導委員会の笹沢浩委員長によると、同じ遺跡から複数の銅戈と銅鐸が見つかったのは、神戸市の桜ケ丘遺跡に次いで全国で2例目。
15点の破片は、銅鐸の「紐(ちゅう)」と呼ばれる上部や、すそに当たる部分などで、長さは数センチから10センチ程度。近畿地方を中心に出土している僧侶の袈裟(けさ)に似た形の文様「袈裟襷文(だすきもん)」を確認できる破片もあり、これらは比較的古い型の「外縁付紐(がいえんつきちゅう)2式」の一部とみられ、近畿でつくられた可能性が高いという。

昨年見つかった銅鐸は流水文があり、さらに古い「外縁付紐1式」。異なる時代の銅鐸が存在していたことになり、同遺跡調査指導委員会委員の難波洋三・奈良文化財研究所考古第一研究室長は「この地域は長い間にわたって、近畿地方と濃密なつながりがあったみられる」と指摘した。
同センターは、排水路を設けるため昨年度に重機で掘った土の中に、ほかの青銅器が含まれている可能性があるとみて調べていた。20、21日のともに午前10時から現地説明会を開く。
※写真=昨年見つかった銅鐸片(左)の一部と見られる今年見つかった破片(右の3点)

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