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2008年9月 4日 (木)

海外美術館の銅鐸(欧州編)

好評だった海外美術館の銅鐸(08/6/26)-第二弾は欧州編-西ヨーロッパ各国にも5カ国8箇所の美術館に10個の銅鐸が所蔵されている。

Photo大英博物館(The British Museum)
さすが世界最大の博物館といわれる大英博物館-日本の銅鐸を大中小と3個も所蔵している。近畿式の大きな銅鐸(大英博1号/写真1左)は和歌山県西牟婁郡上富田町朝来出土のもの(04年神戸市博で開催された大英博物館展の際、再確認されたと報じられた)。この銅鐸もメトロポリタン美術館所蔵銅鐸と同じように双頭の飾耳をつなぐ板が付く珍しいタイプ。上部が少しかけているが、現高110cmで、復元すると日本最大の大岩山1号銅鐸(高134cm)に迫る大きさになるという。


3_3残り二つは扁平鈕式の六区袈裟襷文銅鐸だが、少し大きな大英博2号(写真1右)は横帯分割型と呼ばれるもので、香川県大麻山銅鐸や神戸市生駒銅鐸など類例は少ないデザ イン。こちらも昭和27年に古文書と照合し和歌山県吉里出土と判明。もう一つの大英博3 号(ゴーランドコレクション/写真2)は、袈裟襷文の内区が打ち抜かれていることで有名で、かつて“破壊された銅鐸”として紹介されたが、その後の破断面の観察によって、埋納時に破壊されたのではなく出土後の人為的な破壊とみられている。
銅鐸のページ

Photo_2Photo_5スコットランド王立博物館(Royal Museum of Scotland)
扁平鈕式の六区袈裟襷文銅鐸。天理大の置田雅昭さんの報告によると、マンローの収集品で1908年に王立博物館の所蔵となっている。全体に鋳上がりがよく文様は鮮明、所々に鋳掛けがある。身は通常の袈裟襷文だが、鈕両面の文様が異なっている点に特徴がある(B面の内縁にA面にはない小さな重弧文がめぐる)。出土年と博物館所蔵年、寸法から徳島県阿波町出土銅鐸の可能性を指摘するが、文様の特徴などを記録した資料がなく特定できていない。※スコットランド王立博物館は、島根県埋文センターの「銅鐸出土地名表」ではエヂンバラ博物館となっている。
展示室写真出典

フランス国立ギメ東洋美術館(Guimet musee national des Arts Asiatiques)
S佐原眞氏が「最も美しい三遠式銅鐸」と評した通り、独特な雰囲気を持っている銅鐸。鈕の外縁頂部が幅広な点、菱環が太く高いことが特徴だが、袈裟襷の界線が複線でないことも三遠式銅鐸の中では異色なデザイン(フランスっぽい?)。フランスにはこの他、ルーブル美術館にも小型の銅鐸(身25cm前後)が所蔵されているらしい。梅原末治氏によると「誤って志那の遺物の中に加え陳列棚の上の方に」置かれていたという。今でも展示されているのだろうか…
展示室写真出典

キオッソーネ東洋美術館(Museo d'Arte Orientale Edoardo Chiossone)
Photo_6奈良県石上出土銅鐸(2号)と同型の後期初頭の流水文銅鐸。ちょっと野暮ったいデザインの銅鐸だが、全部で3個程しか見つかっていない珍しいタイプ。この銅鐸は『考古資料大観』には載っているが、島根県埋文センターの「銅鐸出土地名表」では見あたらない。「世界ふしぎ発見(08/4/12放送)」でも紹介されていた。キオッソーネ東洋美術館はイタリアの港町ジェノバにあり日本と東洋美術のコレクションで有名
銅鐸のページ


ケルン東洋美術博物館
(Museum of East Asian Art in Cologne)
ベルリン美術館(Staatliche Museen zu Berlin)
S_4ドイツの二つの博物館にも各々1個の銅鐸がある。ケルン東洋美術博物館の銅鐸は、滋賀県野洲市の大岩山出土銅鐸(明治14年)の一つとみられている(写真7)。近畿式銅鐸の初期のもので飾耳がなくなっている。またベルリン美術館(ベルリン博物館)の銅鐸(写真8)は、かつて梅原末治氏により「海外の銅鐸」として最初に紹介された三遠式銅鐸。戦前、梅原氏により静岡県浜松市(旧細江町)中川出土の船渡2号銅鐸と確認されたが、ドイツ敗戦後行方不明となっている。トロイの黄金と同じようにソ連軍に運び去られたのだろうか…

アイルランド国立博物館(National Museum of Ireland Collins Barracks)
ウィーン美術史博物館(Kunsthistorisches Museum Vienna)
この他、アイルランド国立博物館(ダブリン博物館)とウィーン美術史博物館(ウィン民俗博物館)にも銅鐸が展示されているようだが、公式HPで検索してみたが掲載されていなかった。『考古資料大観』にはウィーン美術史博物館の銅鐸は写真が載っている(大型の扁平鈕式の六区袈裟襷文銅鐸)。
※( )内は島根県埋文センターの「銅鐸出土地名表」の名称

S_2欧州に流失した銅鐸は米国に比べて比較的小さなものが多い。大きければいいというわけでもないが、米国の美術館は見栄えのする巨大な銅鐸を収集していることは事実(アメリカ人らしい?)。それに比べると欧州各国にある銅鐸はバラエティに富んでおり、扁平鈕式から三遠式、近畿式まで大小さまざまな、また文様も袈裟襷文から流水文といろいろな型式の銅鐸が観察できる。

参考文献
梅原末治 1985『銅鐸の研究』木耳社(初版1937)
国立歴史民俗博物館1995『銅鐸の美(企画展図録)』毎日新聞社
置田雅昭 1997「出土地不明の銅鐸をめぐって」『宗教と考古学』勉誠社
野洲市歴史民俗博物館 2006『大岩山出土銅鐸図録』
浜松市博物館 2007『浜松市の銅鐸』

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