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2008年10月

2008年10月11日 (土)

山梨県立考古博物館 特別展「埋められた財宝~大形装飾土器、銅鐸、そして埋蔵金~」

Photo続いて特別展情報をもうひとつ

10/1から、なんと山梨県立考古博物館で「銅鐸」の特別展が開催されていることを最近知った。「埋められた財宝」という特別展があるというのは聞いていたが、まさか銅鐸も展示されるとは…それも国宝・重文クラスの優品が展示される。見たことのあるものも多いが展示室の様子からはじっくり落ちついて観察できそうだ。

また11/9には井上洋一さんの講演会も開催される。

第26回特別展「埋められた財宝」~大形装飾土器、銅鐸、そして埋蔵金~

10月1日(水)より、山梨県立考古博物館第26回特別展「埋められた財宝」~大形装飾土器、銅鐸、そして埋蔵金~が始まりました。そこで、ご来館を前に、各コーナーのみどころを簡単に紹介したいと思います。もちろん詳細は、考古博物館にてご自身の目でお確かめください。なお、今回のテーマである「埋納」とは、生活廃棄物ではなく、あえて埋めたであろう品々に着目しています。

御存知の方も多いと思いますが、山梨県内からは銅鐸の出土例はありません。今回は、県内にはない銅鐸を全国各地から集めました。国宝加茂岩倉遺跡出土銅鐸5点をはじめ、重要文化財に指定されているものなど、貴重なものばかりです。またその埋納法を復元しています。

今回の特別展の目玉の一つともいえるのは銅鐸のコーナーです。国宝加茂岩倉遺跡からは5つの銅鐸を展示しました。時代順に各地で出土した銅鐸を展示しています。右に行くに従って大きくなっていきます。聞く銅鐸から見る銅鐸に変わっていく様子が窺えます。

展示銅鐸
・島根県 加茂岩倉遺跡銅鐸(国宝) 5点
・兵庫県 豊岡市気比出土銅鐸(重要文化財) 
・徳島県 徳島市矢野遺跡銅鐸(重要文化財)
・大阪府 茨木市東奈良遺跡 銅鐸鋳型(重要文化財)
・静岡県 浜松市細江町悪ヶ谷出土銅鐸
・和歌山県 みなべ町大久保出土銅鐸
・長野県 塩尻市柴宮遺跡銅鐸(長野県宝)
・静岡県 浜松市前原Ⅷ遺跡銅鐸(静岡県指定文化財)
・静岡県 浜松市滝峯才四郎谷遺跡銅鐸(静岡県指定文化財)
・徳島県 徳島市名東遺跡銅鐸(徳島県指定文化財)

講演会
11月9日(日)「銅鐸の世界」(仮題) 東京国立博物館 井上 洋一氏
※いずれも13時30分から15時まで、風土記の丘研修センターにて行います。参加費無料。特別講演会は、事前の申し込みが必要です。講演日の1ヶ月前から受け付けます。申し込みは考古博物館まで。

問い合わせ
山梨県立考古博物館 
〒400-1508 山梨県甲府市下曽根町923
Tel:055-266-3881

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辰馬考古資料館「平成20年度秋季展 銅鐸から銅鏡へ」

0810/4から、楽しみにしていた辰馬考古資料館の開館30周年記念特別展がいよいよ始まった。

今回は銅鐸だけでも30点近くが展示され、難波編年に基づいた「銅鐸の変遷史」となっているそうだ。所蔵資料だけで銅鐸の歴史を説明できるところもスゴイが、猿森(岡山県井原市)、淡路川(兵庫県洲本市)、田村正善(高知県南国市)、中根(名古屋市)、益山寺(静岡県伊豆市)など-資料館所蔵の有名な銅鐸が一堂に公開される。書籍や図録などではお馴染みの銅鐸だが、実物を見るのは初めてのものばかり…

なお11/15(土)には難波洋三さんらによる講演会も開催される。


辰馬考古資料館 本開館30周年記念(平成20年度)秋季展「銅鐸から銅鏡へ」

今年度の秋季展は館蔵の考古資料より、新しい時期の銅鐸と古墳時代の銅鏡を中心に展示します。「景初四年」銘鏡など、「卑弥呼」・「邪馬台国」の問題を議論する上で、取り上げられることの多い資料も多数出品されます。

主な展示品:
銅鐸及び銅鏡(辰馬考古資料館蔵)各約30点
期間:10月4日(土)~12月14日(日)
開館時間:10時~16時30分(入館は午後4時まで)
休館日:月曜日(但し、10月13日・11月3日・11月24日は開館し、翌日休館)
入館料:一般200円、大学生100円、高校生以下無料
交通:阪神香櫨園駅下車北へ徒歩2分、阪急夙川駅下車南へ徒歩10分、JRさくら夙川駅下車南へ徒歩7分

講演会:11月15日(土) 13時~16時
場所:西宮市教育文化センター 
講師:難波洋三(奈良文化財研究所)、森下章司(大手前大学)
※講演後、金関恕館長との鼎談も行います。
(事前申込不要、聴講無料)
また、11月16日(日)は「関西文化の日」として終日無料開放します。

お問合せ:
(財)辰馬考古資料館
〒662-0962 兵庫県西宮市松下町2-28
Tel:0798-34-0130

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2008年10月 9日 (木)

吉野ヶ里銅鐸(佐賀1, 福田型, 横帯文, 28cm)

Photo9/13 九州国立博物館で開催されている「よみがえる弥生都市」展(08/8/20~11/16)で吉野ヶ里遺跡で出土した福田型銅鐸を見てきた(写真1)。“福田型銅鐸”と呼ばれる銅鐸群は、1979年に安永田遺跡(佐賀県鳥栖市)で鋳型が出土し、九州産の銅鐸と考えられている。福田型は現在まで吉野ヶ里例を含めて5例見つかっており、奇怪なその文様から“邪視文銅鐸”の異名を持つ。これまで福田型は4例(足守鐸は未見)観察する機会があり、吉野ヶ里銅鐸も吉野ヶ里遺跡展示室でレプリカをみていたが、実物の方が鈕の文様などが鮮明なようだ。

吉野ヶ里銅鐸は発見時の衝撃で鈕が細片化、鐸身も一部破損しており、特にB面は大きく欠損している。鋳上がりがよくない部分は文様が不鮮明な箇所もある。

福田型は通常の銅鐸と異なり「複合鋸歯文」の多用が特徴で、吉野ヶ里銅鐸も鈕の外縁から鰭にかけて複合鋸歯文で飾られている。観察できたのはA面で、内向き鋸歯文の斜線がR,外向き鋸歯文はLとなっているが、B面は逆になっているという。鈕の菱環部は綾杉文が右向きに施されるが、この菱環部は擬似的なもので、内縁部の綾杉文と一体になった内縁文様帯と捉えるべきだろう。菱環部の軸線が若干突出するが、鈕全体は一定の厚さを保ちつつフラットで、むしろ外縁と内縁を区切る三重界線の方が突線状を呈する。また吉野ヶ里銅鐸の鈕は外縁頂部の幅が広く、後の三遠式などにみられる小判形鈕に近い。

鐸身部はニ区に分けられ、その間に三つの横帯文が巡る-いわゆる二区横帯文である。横帯文の構成は、二条の綾杉文とその間の無文帯で、第2横帯と第3横帯は二条の綾杉文の上と下にも無文帯を置く。福田型の特徴として、第1横帯が舞に接さず、空白部分を残す。吉野ヶ里鐸の場合、鋳上がりのせいか横帯文の綾杉文と無文の間に高低差がはっきりしないが、他の福田型では無紋帯が一段深く彫り込まれ、綾杉文帯が浮き出るように作られている。鈕もそうだが、福田型鐸を少し斜めから観察すると、表面の文様が凹凸で表現されていることがわかる。近畿の銅鐸が基本的にライン(界線)だけで文様を表現しているのと手法が異なっている。

Photo_2吉野ヶ里銅鐸と同笵とされる出雲・木幡家銅鐸(写真2)には片面だけ邪視文と鳥が描かれている。編年的には吉野ヶ里鐸と木幡家鐸は福田型の中でも大型で、最後に位置づけられている。北島大輔さんは笵傷痕を根拠に吉野ヶ里鐸→木幡家鐸と鋳造順を推定しているが、最終的に文様が鋳型から削り取られたとは考えられないだろうか?

古式銅鐸の断面形が扁平な傾向があるのに対して、福田型はコロンとした丸こっい形状をしている。また正面から見たフォルムも左右が緩やかに裾広がりとなっていて、鰭の端部が鋭角的である。同時期のでっぷりとした外縁付鈕式鐸に比べると、形態的にも洗練されており、この辺りも近畿の銅鐸の単なる模倣ではない独自の美意識を感じさせるデザインといえる。

鋳造技法的には、通常の銅鐸にみられる鐸身の上方左右と裾部の型持孔がない点が福田型の特徴で、ハバキ(幅木)の使用が想定されている。木幡家鐸には鐸身に型持孔があるが、これもダミーで鋳造後穿孔されたものらしい。

今回住所を調べて、吉野ヶ里遺跡の所在地が「佐賀県神埼郡吉野ヶ里町」となっていることを知った。

参考文献
北島大輔2004「福田型銅鐸の型式学的研究」『考古学研究』51-3
佐賀県教育委員会2002『吉野ヶ里銅鐸-吉野ヶ里遺跡大曲一の坪地区発掘調査概要報告書-(佐賀県文化財調査報告書第152集)』

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