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2009年5月 7日 (木)

銅鐸破壊実験-兵庫県立考古博物館

Photo2月初め、兵庫県立考古博物館で銅鐸破壊実験(「銅鐸を壊す」もよおしレポート(2009/2/8))が行われた。残念ながら、実験を見ることは叶わなかったが、先日博物館で実験で破壊された銅鐸片を観察することができた。

最近(といっても30年くらい前からだが)、集落遺跡から銅鐸の破片が出土する事例が増えており、30例を越える。このような破片で出土する銅鐸のことを「破砕銅鐸」と呼び、破片で出土する理由については諸説あることは以前のブログでも何度か取り上げた。破砕銅鐸には比較的飾耳の部分が多いため、祭祀の最中に不意に壊れたとする意見もあったが、鰭や鐸身部分の破片もみられ、銅鐸本体がバラバラにされていることはほぼ確実視されてきている。

それでは銅鐸はどうしたら壊れるのか(どのように壊したのか)について知るために、今回実験が行われたわけだが、いくつかの興味深い事実が判明した。銅鐸片の観察所見に博物館の実験レポートをまじえながら紹介したい。

まず実験では、銅鐸を叩いてみたがこれでは壊れないことが判明-使用中に壊れた説はここでも否定されたわけで、飾耳部分を失った銅鐸などについては鉄器などで切り取った可能性が高くなったと言える。

次に銅鐸を焚き火の上で熱して水をかけて急冷したが、シューシューと音はするものの銅鐸は壊れなかった。この「銅鐸を火で熱して急に水をかけたら割れる」というのは、佐原眞さんが1979年の著書(『日本の原始美術7 銅鐸』(講談社))の中で、久田谷銅鐸(写真2)について「火で熱して水をかけて破砕したかのように曲がった破片もふくまれている」と書いたのが最初らしい。これに対して森浩一さんは「銅鐸を火で熱して急に水をかけたら割れるという人もいますけれども、まだ実証されていません」と反論していた(森浩一『銅鐸と日本文化』)。確かにこれまで検証はなされておらず、今回は佐原説を検証する実験となった。

この後、もう一度銅鐸を10分間火にかけ、すぐに叩くと今度は簡単に壊れてしまった。この時、熱しはじめて一定時間経過すると銅鐸の色が金色→赤茶色に変色したということで、久田谷例などに変色して褐色となっている破片があるのが思い出される。

銅鐸破壊の最初の一撃は鐸身裾のちょうど内面突帯のある辺り(写真1左側面の右下)で破片もかなり凹んでいた。写真右側面は何度も叩いたらしく粉々に砕かれてしまっている。実験でできた銅鐸片を見た第一印象として、破断面がギザギザしており、打撃による衝撃でひび割れが表裏ともに走っている。出土した破砕銅鐸の破断面は直線状でひび割れもあまり見たことがない。また適当に殴打したせいかもしれないが、様々な方向に割れており、多くの破砕銅鐸が5cm角程度の大きさに揃えたような状況であるのとも異なっている。

Kutadani内面突帯のある部分や鰭と身、袈裟襷と内区、舞と鈕など-厚みに変化のある部分を殴打すれば、そのラインで壊れやすいのは想像できるし、今回の実験でもそういった箇所で綺麗に割れている破片もあった。しかし出土した破砕銅鐸の場合、袈裟襷や突線の方向に直交して壊れているものもあり、壊れやすい箇所を壊したというより-もっと意識的に形を揃えて小片化している印象が強い。久田谷銅鐸の報告では、「破片の中には、亀裂の入ったものや、捩れたり歪んだものはあるが、打撃痕や鑢状工具で切り離したような痕跡は認められない」とある(参考文献)。今回の実験で焚き火程度の温度で熱して衝撃を与えることで、銅鐸が比較的簡単に壊れることはわかったが、出土した破砕銅鐸の状態とは破損状態が異なっており、さらに「謎」は深まったと言えるかもしれない。

博物館の実験レポートでは“「湿ったおかき」のような感じ”とあるが、まさしく破片の感じをよく言い表している。一度水をかけたため銅鐸の温度が下がってしまったのがよくなかったようだとの意見もお聞きした。今回の実験では、錫15%の中期銅鐸に近い成分構成の模鋳銅鐸での実験だったが、次回は錫の少ない後期銅鐸に近い成分の銅鐸で実験を行う計画とのこと。合金の性質的には、錫が多い方が硬く割れやすいはずだが…(錫成分の多い銅鏡などが割れている状況も破断面は直線状)実際にちゃんとしたデータを取るなら、合金成分と厚みなど何段階かに分けたサンプル片を作り、これをいくつかの条件(温度+時間)で熱して衝撃を与えてみるというような実験をしなければならないのだろう。機会があれば、銅鐸の復元製作をされている小泉武寛さん(鋳金家)がどのような意見をお持ちなのか伺ってみたい。

〈参考文献〉
加賀見省一 1982「兵庫県久田谷遺跡出土の銅鐸片」『考古学雑誌』68-1

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