« 第65回銅鐸研究会「突線鈕式銅鐸系譜とその変遷-近江とその周辺-」 | トップページ | 難波洋三氏講演-特別講演会「古代はいま」 奈文研最前線 »

2010年9月21日 (火)

江戸期の詳細な銅鐸本発見!!

Photo_2 江戸時代の有名な国学者である平田篤胤が銅鐸研究家だったことはあまり知られていない。その篤胤が著書『弘仁歴運記考』に引用した『古宝鐸記』が見つかった!

『古宝鐸記』は篤胤の『弘仁歴運記考』よりも正確に描いており、この二つの銅鐸は現在は行方不明ということなので、貴重な資料と言える。確かに現代の考古学者にも難解な流水文の特徴を的確に捉えている。

『弘仁歴運記考』は某オクでも時々出品されており、比較的安価に入手できる。奈良県吉水神社の銅鐸も『弘仁歴運記考』に載っている図から、太閤秀吉ゆかりの銅鐸とわかったもの。

江戸期の詳細な銅鐸本発見、平田篤胤が著書に引用
産経新聞 2010.8.27

銅鐸の特徴を正確に描いた江戸時代の「古宝鐸記」。右が愛知県(流水文銅鐸)、左が兵庫県で出土した銅鐸(近畿式銅鐸)

銅鐸の図や出土の経緯を記した古書が、江戸時代の国学者平田篤胤の著書「弘仁歴運記考」に引用された「古宝鐸記」だったことが奈良文化財研究所の難波洋三企画調整部長の鑑定で27日、分かった。図は銅鐸の特徴を正確に描いており、当時の考古学遺物への関心の高さを裏付け、現存しない銅鐸の研究資料としても価値が高いという。

難波部長によると、古宝鐸記は姫路藩主の侍医だった山田安貞が、現在の愛知県と兵庫県で出土した計二つの銅鐸を記録した本。ただ一部の文様が描かれておらず草稿とみられる。

書名や筆者名はなかったが、兵庫県で出土した銅鐸と同じ図と記述が弘仁歴運記考にあったため古宝鐸記と分かった。直筆か写本かは不明。2銅鐸とも現在は所在不明だが、以前とられた拓本があり、その比較から古宝鐸記は弘仁歴運記考よりも銅鐸を正確に描いていた。

|

« 第65回銅鐸研究会「突線鈕式銅鐸系譜とその変遷-近江とその周辺-」 | トップページ | 難波洋三氏講演-特別講演会「古代はいま」 奈文研最前線 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1000613/36857084

この記事へのトラックバック一覧です: 江戸期の詳細な銅鐸本発見!!:

« 第65回銅鐸研究会「突線鈕式銅鐸系譜とその変遷-近江とその周辺-」 | トップページ | 難波洋三氏講演-特別講演会「古代はいま」 奈文研最前線 »