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2011年6月 7日 (火)

銅鐸の鳥はコウノトリ?!

Photo大阪の池島・福万寺遺跡(東大阪市・八尾市)の弥生時代前期の水田跡で見つかった鳥の足跡が、コウノトリと判明したという。

銅鐸に描かれた鳥は、その姿形からサギやツルと考えられ、近年では銅鐸の鳥論争はサギ説が有力視されていたが、今回の足跡発見で、第3の鳥-コウノトリ説が急浮上している。

今回は足跡の大きさが
・約15cmと大型
・サギに比べて指が太い
・指の間が広い
などの特徴からコウノトリのものと判定した、ということだが…

Photo_3 足跡に関しては、コウノトリが確実だとしても、それによって銅鐸の鳥がコウノトリと決めつけていいものがどうか、そもそもポンチ絵のような銅鐸絵画(写真2/春成論文から)から種類を特定しようというのが無理な相談だったのではないだろうか?

近年、サギ説が有力となっていたのは、春成秀爾さんや寺沢薫さんの論文によるのだが、お二人とも銅鐸の鳥を「稲魂」「穀霊」と捉えている。そして稲作の季節から渡りをするツルを季節的に水田にいないとして否定、サギ説に軍配を挙げた(春成さんはツルの穂落神伝承から当初ツル説だった)。

しかし銅鐸絵画からは長い足、スラリとした細身のプロポーション、長い嘴、魚を食べるなどしかわからない

Photo_4 写真を見てもらうとわかるが、ツル、サギ、コウノトリ(写真左から)いずれも大型の白い鳥という共通項はあるものの、どの鳥も銅鐸の鳥に似ているといえば似ている。

弥生人は特定の鳥を描こうとしたのではなく、水田にやってくる足長のツル形の白い鳥を描いたのではないか…さらに考えを進めれば白い鳥とはいったい何なのか? 銅鐸の鳥=稲魂という説は本当に正しいのだろうか?

銅鐸が農耕祭祀に使われたというのはなかば定説化しているが、これとて確たる証拠はない。「白い鳥」というキーワードで考えてみると、フィッチャーの鳥ババ・ヤガーと白い鳥(鵞鳥白鳥)などの民話が想起される。それは魂の鳥、冥界の鳥である。

「冥界」というと、暗い死の世界を思い浮かべるだろうが、古代人は冥界には飢えも寒さも貧しさもない。辛い暮らしをしていた魂を優しく迎えてくれる、満ち足りた幸せな世界と考えていたらしい。日本でいう「常世」が近いイメージかもしれない。現代人にとっては「天国」の方がわかりやすいだろうが、古代人の考えたものとはかなりかけ離れた存在だ。

この世の豊穣をもたらす源泉もこの冥界からだから、そこと行き来する鳥=稲魂・穀霊というのは間違った解釈ではないだろうが、非常に狭い解釈にとどまっている。農耕祭祀説に凝り固まった人たちには中沢新一さんの『カイエ・ソバージュ』でも読んで欲しい。

白い鳥というとヤマトタケルが死んで白鳥になったという話もあるし、古墳壁画の鳥船(舳先や艫にとまった鳥)もある。これらはいずれも「死」のイメージと重なり、冥界へ向かう魂や冥界への水先案内と解釈される。あまり知られていないが、アメノワカヒコが死んだ時いろいろな鳥が葬儀を執り行う。しかし同じ鳥と船でも沖縄ではオナリ神(妹の生御魂・霊力)が白い鳥となって兄を守るために船の艫にとまっている。

1稲吉角田遺跡の大きな壷に描かれた絵画も、鳥装の漕手と土器絵画によく見られる鳥人とのモチーフの類似性から蘇塗的祭祀との関連が指摘され、農耕儀礼と結びつけて解釈されているが、この「鳥人」-鳥装のシャーマン自体、世界的な広がりを持っている。それも農耕民だけでなく狩猟民の間でもシャーマンといえば鳥装が多い。鳥=穀霊=農耕祭祀と断ずる論者は狩猟民の鳥装シャーマンをどう理解するのだろう。

『カイエ・ソバージュ』では、「シャーマンの鳥装」を地底の冥界から飛翔して現世に戻ってくるための能力を身につけるためと説明する…鳥装はシャーマンにとって命がけの変身であり、単なる仮装ではないのだ。

銅鐸の鳥を農耕祭祀の中だけで解釈してきた従来説が、銅鐸そのものの解釈さえ歪めている可能性は大きい。

<参考文献>
春成秀爾「銅鐸のまつり」『国立歴史民俗博物館研究報告』12号(1987年/国立歴史民俗博物館)
寺沢薫「弥生人の心を描く」『日本の古代』13 心の中の宇宙(1987年/中央公論社)
歴博編,佐原真『銅鐸の絵を読み解く-歴博フォーラム』(1997年/小学館)
金関恕『弥生の習俗と宗教』(2004年/学生社)
平林章仁『鹿と鳥の文化史』(1992年/白水社, 2011年新装版)

国内最古のコウノトリ足跡と判明…大阪の遺跡 水田跡「幸福の鳥」弥生人と生きる
読売新聞 2011/5/19
石こうで型を取ったコウノトリの足跡(18日、奈良市の奈良文化財研究所で)=大西健次撮影 大阪府東大阪、八尾両市にまたがる池島・福万寺遺跡の弥生時代前期(約2400年前)の水田跡で見つかった鳥の足跡が、コウノトリと判明し、奈良文化財研究所が18日、発表した。水田稲作が始まった頃から人と共生したことを示す発見で、同時代の祭器・銅鐸(どうたく)に描かれた鳥もコウノトリの可能性が高まった。専門家は「農耕祭祀(さいし)の中で人々の信仰を集めた鳥だったのでは」とみている。

これまでは群馬県内で出土した6世紀の足跡が国内最古だったが、今回はさらに約900年さかのぼる。同遺跡は1996年に大阪府文化財センターが調査。洪水で埋まった水田跡で鳥の足跡数十個と、人の足跡約100個を確認した。

その後、鳥の足跡1個を石こう型に取り、同研究所に鑑定を依頼。しばらく特定できなかったが、兵庫県立コウノトリの郷(さと)公園(豊岡市)や山階(やましな)鳥類研究所(千葉県我孫子市)も分析に加わり、▽足跡の大きさが約15センチと大型▽サギに比べて指が太い▽指の間が広い――などの特徴からコウノトリのものと判定した。同遺跡の他の鳥の足跡も写真鑑定の結果、コウノトリの特徴と共通していた。

一方、銅鐸については神戸市出土の桜ヶ丘銅鐸(国宝)などのように、胴部に首と脚の長い鳥が描かれている例があり、従来はサギかツルとみられていた。

今回の成果を踏まえ、奈良文化財研究所の松井章・埋蔵文化財センター長は「水田稲作の初期段階からコウノトリが人の身近な存在だったことは明らか。大柄で美しい鳥を、祭祀や信仰の対象として銅鐸に表現したのでは」と指摘する。

足跡の石こう型は21日~7月3日、大阪府立弥生文化博物館(和泉市)で開かれる春季企画展で展示される。問い合わせは同館(0725・46・2162)。

コウノトリ 体長約1メートル、翼長約2メートルになる大型の鳥で、シベリア東部などで繁殖する。日本では国の特別天然記念物に指定されたが、野生は1971年に絶滅。85年、旧ソ連からヒナを譲り受けて兵庫県豊岡市で人工飼育、2005年から野外に放している。現在、放鳥19羽、野外で生まれた幼鳥21羽が生息。市では無農薬、減農薬農法で餌場づくりを進めており、農作業中の人の近くで餌をついばむ姿も見られる。

銅鐸「第3の鳥」浮かぶ 最古 コウノトリ足跡 弥生期、信仰対象の可能性
産経新聞 2011/5/19
池島・福万寺遺跡(大阪府の東大阪、八尾両市)の弥生時代の水田跡で18日、コウノトリと確認された鳥の足跡。同時代の銅鐸(どうたく)に描かれた鳥は長年、サギやツルと考えられ、近年はサギ説が有力視されていたが、今回の発見で奈良文化財研究所の松井章・埋蔵文化財センター長が「銅鐸の鳥の足は指を大きく広げている。サギではありえない表現」と主張。コウノトリ説が銅鐸の鳥論争に名乗りを上げた。

今回の発見は、最初に大阪府文化財センターなどによる平成8年の発掘調査で、人や鳥の足跡をそれぞれ約100個確認。兵庫県立コウノトリの郷公園の職員らが昨年2月に偶然、足跡の石膏(せっこう)型を見たことで調査が進展した。

同公園のコウノトリとアオサギの足跡の型を照合した結果、特徴が酷似。さらに山階鳥類研究所(千葉県)にも分析を依頼し、コウノトリの可能性が高いことが確認された。

この発見を機に、弥生時代の銅鐸に描かれた鳥もコウノトリだった可能性が浮上した。

神戸市灘区で出土した桜ケ丘5号銅鐸(国宝)などには、首や足が長い鳥が描かれており、これまでサギやツルとされてきた。コウノトリ説が明確に浮上しなかったのは、すでに絶滅に瀕(ひん)し研究者らにとって身近な鳥ではなかったことが影響しているという。

大阪府立弥生文化博物館の金関恕館長は「農耕生活を営む人間のすぐそばにコウノトリがいたと考えられる」と主張。松井センター長は「コウノトリはサギより大きく目の周りや足が赤い。神々しいと考えて当然だ」として信仰の対象だった可能性も指摘する。

一方、国立歴史民俗博物館(千葉県)の春成秀爾名誉教授(考古学)は「当時はサギもツルもいただろう。コウノトリだけ信仰の対象というのは考えにくい」と主張。青銅器に詳しい寺沢薫・元奈良県立橿原考古学研究所研究員も、銅鐸の鳥は稲の魂を運んでくる象徴として描かれたとした上で、「稲の魂を運ぶ真っ白な鳥はサギ。サギが有力だろう」と反論している。

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