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2012年9月23日 (日)

銅鐸の最大級破片出土 浜松・松東遺跡

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浜松市の松東遺跡(東区天竜川町)で、二個目の破砕銅鐸が出土したと、K氏からメールで教えていただいた。破片は突線鈕2式の鈕部分で、今回も近畿式。松東遺跡では1990年度の二次調査時に飾耳の破片(写真2)が出ており、西へ300m程には木船1,2号銅鐸の出土地(明治41年)がある。10/8まで浜松市博物館で公開中!!

中日新聞(2012/9/13)
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浜松市は十二日、同市東区天竜川町の松東(まつひがし)遺跡から、弥生時代後期(約千九百年前)の銅鐸(どうたく)の破片が出土したと発表した。高さ二十センチ、幅二十五センチで破片では国内最大級という。当時の人々は銅鐸を壊して矢尻など別の青銅品を作っており、市の担当者は「銅鐸の破砕行為を探る上で重要な発見」と指摘している。

松東遺跡は天竜川駅北側にあり東西約二百メートル、南北約百メートル。これまでに約千九百年前の集落跡や銅鐸の破片が出土した。今回は駅周辺の道路整備に伴い、六月から来年三月まで調査を進めている。

国内最大級の銅鐸の破片は深さ約四十センチの穴に、土器の破片約二十点などとともにあった。つり手の部分に当たり、一部が湾曲しており、壊すために力を加えられたとみられる。

市によると、全国で約五十点の破片が見つかっているが、いずれも長さ数センチから十センチ程度。担当者は「大きいため、大事に思って再利用せず、穴を掘って埋めたのではないか」と推測する。

市内では遺跡などから、これまでに完全な形の銅鐸が二十点、破片は四点が出土。特徴から近畿地方に分布する「近畿式」と、愛知県や静岡県西部にみられる「三遠式」が混在し、今回出土した破片は近畿式だった。

当時は天竜川が東西の文化圏の境になっていたとみられ、市の担当者は「東日本の文化圏に対し、西日本の最前線のような意味合いで多くの銅鐸が集められ、埋められたのでは」と指摘している。

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市は十五日の午前十時と午後一時半に現地説明会を開く。無料。申し込み不要。小学生以下はヘルメットを持参。

問い合わせは市文化財課=電053(457)2466=へ。

朝日新聞
静岡新聞


現説資料はこちら

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