« 第69回銅鐸研究会「銅鐸群の変遷からみた製作技術の再検討」 | トップページ | 赤穂市立有年考古館企画展示「鋳型から銅鐸を考える-上高野銅鐸鋳型県指定20年記念」 »

2013年2月 8日 (金)

銅鐸片のペンダント 徳島市 庄・蔵本遺跡、装飾に利用

Photo_2徳島大学埋蔵文化財調査室は7日、徳島市蔵本町の庄・蔵本遺跡で、ひもを通す小さな穴がある弥生時代後期後半(2世紀ごろ)の銅鐸(どうたく)の破片が見つかったと発表した。加工された銅鐸片の出土は全国3例目で西日本では初めて。県内でも銅鐸を農耕祭祀(さいし)に用いた後、装飾品として再利用していた集落があったことが裏付けられた。

調査室によると、銅鐸は突線鈕式(とっせんちゅうしき)。破片は上部の飾り(飾耳(かざりみみ))の一部で縦7センチ、幅4・5センチ、厚さ7ミリ。本体を復元した場合、国重要文化財の「矢野銅鐸」よりも大きい115センチ程度とみられる。穴の直径は約2ミリで、権力者らが権威を示すために、ペンダントなどの装飾品として再利用していたと考えられる。

銅鐸は主に豊穣(ほうじょう)を祈願する農耕祭祀の道具として用いられた。徳島など四国、近畿地方など銅鐸が多く分布する地方では使用後、そのまま埋められることがほとんどで、破片が見つかるのも珍しい。

加工された銅鐸片は静岡県の藤井原遺跡(沼津市)、段遺跡(伊豆の国市)で出土。今回の調査で、庄・蔵本遺跡からは大量の遺物とともに、東海地方に多くみられる様式の方形周溝墓も見つかり、東海地方との文化的なつながりがあった可能性も考えられるという。

庄・蔵本遺跡は、徳島大蔵本キャンパスにある県内最大の弥生時代の遺跡。徳島大は2012年5月からキャンパス南西部の集落跡を発掘し、集落沿いにある幅20メートルの河川跡から銅鐸片を見つけた。9日午前10時から現地説明会がある。問い合わせは、徳大埋蔵文化財調査室<電088(633)5215>。

写真は、穿孔され、ペンダントなどの装飾品として使われたとみられる銅鐸片
徳島新聞2013/02/08


徳島大学埋蔵文化財調査室は7日、徳島市蔵本町の庄・蔵本遺跡で、紐を通す小さな穴がある弥生時代後期後半(2世紀頃)の突線鈕式(とっcmゅうしき)銅鐸の破片が見つかったと発表した。 加工された銅鐸片の出土は藤井原遺跡(静岡県沼津市)、段遺跡(静岡県伊豆の国市)に次いで全国3例目。

破片は上部の飾耳(かざりみみ)の一部で縦7cm、幅4・5cm、厚さ7mmで、復元長推定115cm程度とみられる。 穴の直径は約2mmで、ペンダントなどの装飾品として再利用していたと考えられる。

今回の調査では、東海地方に多くみられる様式の方形周溝墓も見つかり、東海地方との文化的なつながりがあった可能性も考えられるという。


装飾品としての再利用(破壊した後の転用)は、銅鐸祭祀圏外に限られるという見方(難波洋三氏)がされていたが…バリバリの銅鐸祭祀圏の阿波でこういう事例が出てくると、①銅鐸祭祀圏での破壊→銅鐸祭祀の否定=鋳潰し、②祭祀圏外→破片が流入=一種の宝物・装飾品として利用、という説は見直さざるを得ない。銅鐸の終末を捉えることはやはり難しそうだ。

|

« 第69回銅鐸研究会「銅鐸群の変遷からみた製作技術の再検討」 | トップページ | 赤穂市立有年考古館企画展示「鋳型から銅鐸を考える-上高野銅鐸鋳型県指定20年記念」 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1000613/54766208

この記事へのトラックバック一覧です: 銅鐸片のペンダント 徳島市 庄・蔵本遺跡、装飾に利用:

« 第69回銅鐸研究会「銅鐸群の変遷からみた製作技術の再検討」 | トップページ | 赤穂市立有年考古館企画展示「鋳型から銅鐸を考える-上高野銅鐸鋳型県指定20年記念」 »