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2013年4月

2013年4月23日 (火)

奈良・大福遺跡 筒状銅器出土

Photo_9奈良・大福遺跡:不要の銅鐸、リサイクル? 2~3世紀の整地層から出土
毎日新聞(大阪朝刊)2013/4/23 

奈良県桜井市の大福遺跡で、弥生時代後期から古墳時代前期初頭(2世紀中ごろ~3世紀後半)にかけての整地層から、「筒状銅器」(長さ9・1センチ、直径2・2センチ、厚さ最大4ミリ、74グラム)1個が見つかった。同市文化財協会が22日、発表した。用途は不明だが、やりの柄の「石突き」や、音を鳴らす器具だった可能性がある。

この時代は銅鐸(どうたく)を使う祭祀(さいし)が終わりを迎え、銅鐸を別の銅製品に造り替えていたとみられ、銅器の変遷をたどる貴重な資料。筒状銅器は東海地方を中心に10例出土しているが、奈良盆地では初。

銅器は長さ約4センチと約3センチの切れ目(スリット)が、それぞれ対に入っていた。古墳時代前期中ごろから中期の古墳副葬品「筒形銅器」と形が似ており、祖型とする説もある。


奈良・大福遺跡 筒状銅器が出土 銅鐸リサイクルした副葬品か
MSN産経ニュース 2013/4/23

奈良県桜井市の大福(だいふく)遺跡で、弥生時代後期~古墳時代前期(2~3世紀)の筒状銅器が出土し、市文化財協会が22日、発表した。槍(やり)や杖(つえ)の柄の部分の装飾品とみられる。

銅鐸を使用した祭祀(さいし)が終わる時期にあたるため、協会は、銅鐸(どうたく)を壊してリサイクルした副葬品の可能性もあるとしている。
筒状銅器は長さ9・1センチ、直径2・2センチ。重さは74グラム。片側の4隅には槍の柄などに固定するための目くぎ穴があり、側面には長さ4~2・5センチの切れ目も施されていた。

山口大の田中晋作教授(考古学)は「杖などに装着して振り回すと、風を切る音が響く構造。所有者が祭祀で権威を示すための装飾品ではないか」と話している。
大福遺跡の北約3・5キロには、邪馬台国の女王卑弥呼(ひみこ)の宮殿があった可能性が指摘される纒向(まきむく)遺跡があり、協会は「両遺跡の関係を考える材料にもなる」としている。

現場は埋め戻され、説明会はない。筒状銅器は同市芝の市立埋蔵文化財センターで24日~9月29日、公開される。問い合わせは、同センター((電)0744・42・6005)


Photo_10銅鐸をリサイクル…鉛同位体比も調べないうちから銅鐸リサイクルというのはいかがなものだろうか?まあ桜井市の橋本輝彦さんが卑弥呼による「銅鐸破壊指令」説を唱えているから無理もないが。筒形銅器が盛行する年代より少々古そうなので“筒状銅器”と呼んでいるようだ。記事中の田中晋作さんは筒形銅器=半島製作説を支持されているので、起源問題も含めて興味深い発見といえそう。筒形銅器(右)と比べてみるとちょっと違うかな~?

桜井市立埋蔵文化財センターでは昨秋、企画展「金属利用の歴史~桜井市内出土遺物から~ 」(2013/10/
2~2014/1/13)を開催していたがこれも見逃してしまった…

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千葉県袖ケ浦市・水神下遺跡  異例の同時出土-小銅鐸 銅鏡 石製垂飾品

Photo異例の同時出土 銅鐸 銅鏡 石製垂飾品 袖ケ浦駅北側・水神下遺跡の河川跡で
千葉日報 2013年04月23日

袖ケ浦市奈良輪の水神下遺跡から、古墳時代の小銅鐸(どうたく)、銅鏡、石製垂飾品がまとまって発見された。市によると、それぞれが個別に出土する例は多いが、「3点が一緒に見つかるのは極めて珍しい」という。市は秋ごろに同市郷土博物館で一般公開を予定している。

同遺跡は、今から1700~1500年前の古墳時代の居住地だったと推測される。JR袖ケ浦駅の北側約100メートルに位置し、同地での区画整理事業に伴い、2010~12年度に発掘調査が行われた。

Photo_2


見つかったのは、青銅製の小銅鐸(高さ6.3センチ、幅4.3センチ)、青銅製の銅鏡(直径6.5センチ)、石製垂飾品(長さ5.8センチ)。遺跡内の河川跡でまとまって発見されたことから、司祭者への副葬品の可能性も考えられるという。





Photo_4水神下遺跡で発見された青銅製品
2013/11/18

奈良輪に所在する水神下遺跡で発見された古墳時代(今から約1700~1500年前)の川の跡から、青銅製の小銅鐸と鏡、石製の垂飾品が1箇所からまとまって出土しました。
それぞれ単独で出土する例はありますが、今回のようにまとまって出土することは非常に珍しく、貴重な発見といえます。
小銅鐸は弥生時代の終わりから古墳時代の初めにかけて、農耕儀礼のお祭りに使用された道具と考えられています。これら3点の出土品は、お祭りを執り行った司祭者への副葬品であった可能性も考えられます。

Photo_311月24日(日)まで、袖ケ浦市郷土博物館で秋の企画展『上総の古鏡-カガミが語る古墳時代の心と形』が開催…この企画展で水神下遺跡の出土品が公開された。








このニュースは知っていたものの…秋の企画展での公開情報は見落としてしまった~これも関東だったのに、残念。関東では古墳時代にかかる頃に小銅鐸の事例が多く知られているが、銅鏡と伴出した例は今回が初めて、小銅鐸の用途について考える手掛かりになりそうな遺跡だと思う。

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2013年4月14日 (日)

明治大学博物館 新収蔵・収蔵資料展 2013

2013明治大学博物館 新収蔵・収蔵資料展2013
2012年度に博物館が新たに収集した資料および関連する収蔵資料を紹介します。久しぶりに銅鐸がコレクションに加わりました。弥生時代の銅鐸文化の最終段階に位置付けられる近畿式の銅鐸です。

2013/3/23(土)~4/14(日)




これも完全に見逃してしまった展示、それも東京で…友人から教えてもらった時には時既に遅く、資料展終了の翌日だった。明大博の銅鐸展示ケースはそれほど大きくないから前期~中期~後期と3点展示されているが、この銅鐸も後期の代表例として展示されているかもしれない? それにしても花器として鈕の外縁部だけ残して大きな穴が開けられ、下半分も削られている…無残

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