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2013年9月25日 (水)

大阪・東奈良遺跡 銅鐸描いた絵画土器が出土 全国初

_銅鐸描いた絵画土器が出土 市教委や専門家「全国初」 大阪・茨木
産経ニュース 2013/9/25

弥生時代中期に銅鐸を鋳造した工房があったことで知られる大阪府茨木市の東奈良遺跡で、銅鐸の絵を線刻で描いた紀元前1世紀ごろの絵画土器が見つかっていたことが24日、分かった。同市教委によると、銅鐸の絵画がはっきり描かれた土器の出土例は全国初といい、担当者は「精緻に描かれており、実際に銅鐸を見た人物が刻んだことは間違いない」としている。

見つかった絵は「鈕(ちゅう)」と呼ばれる銅鐸の上部で、広口壺の胴部にあたる破片に約4センチ描かれていた。外形だけでなく、「綾杉文(あやすぎもん)」と呼ばれる文様も表現されている。同じ土器の反対側には、銅鐸の代表的な文様である「流水文(りゅうすいもん)」と、シカと思われる線刻もあった。広口壺の破片は平成16年に遺跡の穴から出土。数年前、文化財資料館の職員が土器の整理をしていたときに銅鐸の可能性がある線刻に気づき検証していた。

同遺跡は昭和48年以降、銅鐸鋳型の破片36点が発見されている。銅鐸の工房があったことを示す鋳型は全国でも唐古(からこ)・鍵(かぎ)遺跡(奈良県田原本町)など10カ所程度に限られている。

古代祭祀(さいし)に詳しい辰巳和弘・元同志社大教授(古代学)の話「銅鐸が描かれた絵画土器は初めて。しかも写実的で、非常に驚いた。弥生人の信仰を考える上で貴重な資料になる」


_2銅鐸の絵画土器を初確認 大阪、実物見て描く?
産経ニュースハイライト 2013/10/1

大阪府茨木市の東奈良遺跡で見つかった弥生時代中期(約2千年前)の土器のつぼに、線刻で銅鐸が描かれていたことが1日、分かった。同市教育委員会によると、はっきりと銅鐸が描かれた土器の発見は全国で初めて。担当者は「絵は写実的で、東奈良遺跡の弥生人が銅鐸を見ながら描いたのではないか」としている。つぼは、ほとんどが欠けていたが、銅鐸上部のつり手部分が縦3センチ、横4センチにわたり描かれていた。東奈良遺跡は昭和49年に全国で唯一の完全な形の銅鐸鋳型(重要文化財)が見つかり、青銅器の生産工房があった遺跡として知られる。銅鐸は全国で500個ほど出土しているが、鋳型は奈良県の唐古・鍵遺跡など近畿を中心に約10カ所でしか見つかっていない。つぼは2日から市立文化財資料館で展示される。

写真は、大阪府茨木市の東奈良遺跡で見つかった、線刻で銅鐸が描かれていたことが分かった土器のつぼ(上)。下部中央に銅鐸上部の「飾り耳」と呼ばれる突起部分などが描かれている。




Photo_2このニュースも完全に見落とし…そういえば銅鐸形土製品というのはたくさんあるが、絵画土器の画題にはなっていなかった。稲吉角田遺跡鳥取県淀江町)の土器に描かれた木に吊るされた?袋のようなものが銅鐸といわれていたぐらい(図の左下のC)。

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