« 2015年1月 | トップページ | 2015年5月 »

2015年2月

2015年2月11日 (水)

国宝桜ケ丘銅鐸 発見50年記念、弥生時代の姿再現

B_07732062


1964年に神戸市灘区の六甲山麓で見つかった国宝桜ケ丘銅鐸の複製を作り、製造された弥生時代の姿を再現する催しが11日、同市中央区熊内町7の竹中大工道具館であった。復元された銅鐸の表面には、本物では摩耗し見えにくくなった渦巻き模様が浮かび上がり、参加した考古学ファンが歓声を上げた。

銅鐸を所蔵する同市立博物館などの主催。昨年12月に発見から50年を迎えたことを記念し、14個あるうちの一つ「桜ケ丘12号銅鐸」(高さ約31センチ)を再現した。

復元ではまず、銅にスズや鉛を混ぜて溶かした青銅約3・5キロを鋳型に注入。自然に冷えるのを待ち鋳型を外すと、黄金色に輝く銅鐸が現れた。今から2千年ほど前、豊作を願う祭礼に用いられたとみられる国宝の当初の輝きがよみがえった。

YouTubeで動画国宝「桜ヶ丘銅鐸」の複製も見られる

| | コメント (0) | トラックバック (0)

神戸の国宝銅鐸、鋳型と一致 大阪・東奈良遺跡で製作か

B_07732060


1964年に神戸市で見つかった「桜ケ丘12号銅鐸」(弥生時代中期、国宝)と、大阪府茨木市の東奈良遺跡で出土した「第1号流水文銅鐸鋳型」(重要文化財)の大きさや形状がほぼ一致することが11日、銅鐸を所蔵する神戸市立博物館への取材で分かった。

 博物館の橋詰清孝学芸員によると、12号銅鐸のレプリカを製作、東奈良遺跡の鋳型のレプリカにはめ込むと一致した。青銅器製作の一大拠点とされる東奈良遺跡で作られた可能性があり、銅鐸の流通を解明する手掛かりとして注目されそうだ。

 12号鐸は高さ31センチ、重さ約2・6キロ。鋳型に彫られた銅鐸の型は高さ約31~32センチとほぼ同じで、本体の曲線部分なども一致した。しかし、本体と鋳型の模様は異なっており、この鋳型から12号鐸が作られた可能性は低い。橋詰学芸員は「鋳型を作る際、大きさや形にある程度の規格があり、模様だけ変えていたのではないか」と指摘する。

 12号鐸は、表面のさびなどで模様がほとんど分からなかったため、博物館が九州国立博物館と共同で3次元計測により模様の分析を進めていた。その結果、表面を4区画に分け、渦巻きや同心円状の模様を配置していたことが判明した。

 博物館は11日、青銅製銅鐸を鋳造する実験も実施、当時の姿がよみがえった。

 12号鐸は、神戸市の六甲山麓で他の13個の銅鐸や7本の銅戈と一緒に見つかり、一括して国宝指定された。東奈良遺跡では、鋳型や青銅器製作に関連する道具などの遺物が多数出土している。

神戸新聞 2015/2/11

以前のブログで摂津系の銅鐸であろうと推定されていた12号鐸、2/11の鋳造実験を受けての記事だが、東奈良の1号鋳型と同寸法だったというのは驚き。東奈良鋳型では同様の事例が他にも指摘されている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2015年1月 | トップページ | 2015年5月 »