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2023年9月28日 (木)

「内間銅鐸」90年ぶり“帰還” 所在不明の香川県内出土品 東京国立博物館が保管

1 「内間銅鐸」90年ぶり“帰還” 坂出・鎌田共済会博物館 所在不明の県内出土品 東京国立博物館が保管

2千年前の銅鐸(どうたく)、約90年ぶりに帰還―。鎌田共済会郷土博物館(香川県坂出市本町、大山真充館長)は28日、昭和初期から所在不明になっていた同館所有の青銅器「内間(うちま)銅鐸」が返還されたと発表した。東京国立博物館が、来歴不明の文化財として保管していた。同郷土博物館は「これほどよい状態で戻ってくるのは希有(けう)な例。県民の共有財産でもあり、今後、調査・研究を進めていきたい」としている。

同館によると内間銅鐸は、上部の「鈕(ちゅう)」と呼ばれる部分の形状などから、約2千年前の弥生時代中期ごろのものとみられる。高さ29・7センチ、幅は最も長いところで15・7センチ、重さ1019グラムと、県内出土品では最小級。胴体部分の「身」には、当時のものによく描かれた斜格子文を縦と横に帯状に交差させて4区画に分割した「袈裟襷文(けさだすきもん)」が施されている。

銅鐸は1926(大正15)年、綾川町陶の内間地区の畑で作業をしていた大川筆次さんが発見し、30(昭和5)年に同館へ寄贈した。当時の職員が拓本や発見状況記録を作成、翌31年には後に京都帝国大教授となった銅鐸研究の第一人者・梅原末治さんが同館を訪れて調査記録を残したが、33年に研究誌で紹介されたのを最後に、所在が分からなくなっていた。
東京国立博物館から連絡があったのは、2021年9月。近年、新たに公開された文献を調査した結果、同館が保管する来歴不明文化財の一つが内間銅鐸である可能性が浮上。同郷土博物館が持つ拓本や資料を突き合わせて間違いないと判断し、所有者の元で活用してほしいと、今年3月に返還された。
大山館長は「これだけ長く所在が分からなかったものが、戻ってきたことに驚いている」とコメント。その上で「弥生時代の畿内との交流の様子や、影響の波及状況を知ることができる貴重な資料。しっかりと研究を進めたい」と述べた。
県内での出土品とされる銅鐸で現在、実物を確認できるものは14点。このうち、「我拝師山銅鐸」の1点が県立ミュージアム(高松市)で一般公開されている。返還を受けて同郷土博物館で10月1日~3月22日、展覧会「讃岐の銅鐸」を開催し、内間銅鐸の実物のほか資料や他の銅鐸の拓本などを展示する。入館無料。問い合わせは同館0877-46-2275。
(四国新聞 2023/09/29)

2 “所在不明の弥生時代の銅鐸” 90年ぶり香川に帰り公開へ

大正時代に綾川町で出土し、長年、所在が分からなかった弥生時代の銅鐸が見つかり、坂出市の博物館で一般公開されることになりました。
このほど見つかった「内間銅鐸」は、大正15年に綾川町で出土した弥生時代中期の銅鐸で、高さが29.7センチです。
文様は、縦帯と横帯で4つに区画された袈裟襷文で、「身」と呼ばれる胴体の上の端に一対の飾り耳があります。
昭和5年に坂出市の鎌田共済会郷土博物館に寄贈され、記録や拓本が作成されましたが、その後所在が分からなくなりました。
おととし、東京国立博物館に保管されていたことがわかり、ことし3月に返却され、およそ90年ぶりに香川県に帰ってきました。
県内では、これまでに銅鐸が20点ほど出土したとされていますが、ほぼ完全な姿で実物が見られるのは、貴重だということです。
鎌田共済会郷土博物館の宮武尚美主任学芸員は「2000年ぐらい前の人たちがどんな思いで銅鐸を作り、鳴らしていたのか、想像してもらうと、楽しいのではないか」と話していました。
内間銅鐸は、坂出市の鎌田共済会郷土博物館で、10月1日から来年3月22日まで開かれる「讃岐の銅鐸」展で一般公開され、その後、4月2日から常設展示されます。
(NHK 09月28日 18時04分)

郷土博通信No.22(2023年 秋)ダウンロード
内間銅鐸に関する詳しいレポートが掲載されています。

1_20231012121001 久しぶりの銅鐸の発見である(正確には再発見というか所在確認)。四国新聞の記事に文様の概要図が載っていたが鰭の右と左で鋸歯文の下がり方が異なる特徴を持っている(右がL鋸歯文、左はR鋸歯文)。下辺横帯の鋸歯文も左右でL鋸歯文とR鋸歯文が向き合っている。また袈裟襷の横帯と縦帯が中央で重なっているのも普通の銅鐸のルールを守っていない。鰭が下方で裾広がり気味になるのも特徴といえる。

Photo_20231012121401 倉敷考古館の種松山銅鐸と同じタイプであり、種松山と同范の安都真1号銅鐸(徳島市)や岡山県総社市で2014年に出土した神明銅鐸、それから岡山市の雄町銅鐸など、中四国中心に分布しているこのタイプの銅鐸にまた一つ新しい資料が加わったことになりそうだ。

写真上は種松山銅鐸(左)と安都真1号銅鐸(右)、下は内間銅鐸拓本

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